Home

会社概要

業務案内

弾不足

2014年2月23日

弾不足といえば、昨年(2013年)、年末に南スーダンで韓国軍が弾不足に備えて自衛隊から弾を借りたことが話題になりました。

法務翻訳でも弾不足ということがあります。と言っても、実弾ではありませんが。

例えば、英語で suit とか action という言葉があります。

服のスーツとか、アクション映画とか、いろいろ意味のある単語達ですが、法務文書の世界ではいずれも「訴訟」の意味です。

契約書などでは、次のように並記されます。

The Seller shall have the right to defend any action, suit or proceeding brought against the Seller, at its own expense, with counsel of its own choosing.

このsuit と actionはもともと歴史的な背景が異なる概念でしたが、現在の(少なくとも)アメリカでは、特に意味の違いはありません。同じ意味の言葉を重ね合わせるのはアメリカの弁護士の習わしです。

ただ、これを日本語に訳すときは少し悩ましいです。もしどちらも「訴訟」なら、「訴訟、訴訟」と並べるべきなのでしょうか?これはあまりにもおかしいですね。

つまり、日本語には suit という概念と、action という概念に対応した別々の言葉はないのです。どちらも訴訟と訳すしかありません。法律の歴史的背景が異なるので当然のことですが。

私はこのあたりは割り切ってますので、さっさと「訴訟」という一つの単語で済ませます。しかし、このあたりの事情に疎いと、いたずらに悩む時間が過ぎることになります。

他にも似たような例はあります。

exemplary damages と punitive damages は、いずれも「懲罰的賠償」と訳します。

breach と violationとは、いずれも違反と訳しますが、もし並んでいれば、私なら breach には「不履行」を当てます。

一方、defaultは通常「不履行」と訳すのが一般的です。従って、これら三つの単語が並んでいたら、弾不足になりちょっと悩ましいです。(実は今日の仕事でまさにこのケースが登場しました)

“This Agreement shall become null and void and shall have no effect whatsoever.” という文章は英語の契約書でよく見ます。この場合、“null” も “void” も無効と訳すしかないでしょう。 “shall have no effect” も、要するに「無効」のことです。「本契約は無効となるものとする」と訳せば十分です。

これを「本契約は無効となるものとし、いかなる効力も持たないものとする」と訳してもクライアントから文句は来ないでしょう。しかし、冗長ですし、後半部分に何か付加価値があるとも思えません。

以上、英語の言葉に見合うだけの弾が日本語にはない話でした。

逆に日本語の弾が多くて、英語の弾が足りないという例はあるのでしょうか?

私が日本企業の就業規則などをみてよく思うのは、いろんなタイプの「勤労者」が存在する、ということです。

「正社員」、「嘱託社員」、「契約社員」、「派遣社員」、「アルバイト」、「パートタイム」、「準社員」、「臨時社員」などなど。

これに対応する英語を見つけるのは実は大変です。

アメリカの会社の場合、就業規則や契約書などで一番よく見られる分類は “employee,” “agent” そして “contractor” です。とてもシンプルです。

何年か前にとある日本企業からいただいた仕事で困ったことがありました。

どなたもがご存知の大企業です。

原稿をいただいて翻訳作業にとりかかろうと思っていたら、担当者の方から、次のような指示がありました。

「もとの日本語の単語と、訳文の英語の単語は必ず一対一で対応するようにして欲しい。」

最初はその意味がよく分からなかったので、よくよく聞いてみると、(上の例を使えば)要は、もし日本語の「訴訟」を “action” と訳したら、英文の action は全て「訴訟」という意味以外では使うな。勿論「訴訟」という日本語を “action” 以外に訳してはならない、ということです。

これはちょっと困ったな、と思いましたが、随分と杓子定規で「異論は認めない」という雰囲気だったので、分かりました、と返事をして作業にはいりました。

普段よりは気を遣って作業をしたものの、そんな「縛り」に気を取られたら、肝心の翻訳作業の質が下がるのは目に見えていたので、途中からは気にせずやりました。

余裕のある納期ではないので、訳文が出来上がってから、いちいち一対一の確認をする暇もありません。

結局、そのまま納入しました。

特にクレームは来ませんでした。

多分、その担当者は上司から、定義語の「顧客」を “Customer” と訳したら、途中で “Client” を使ったりするな、とか、重要な単語についての指示を受けていたのだろうと思います。

それなら納得のいく指示ですが、全ての単語を一対一で対応させるなどということは、弾の数も種類も違うのでできない相談です。

幸い、その後そのような指示を受けたことはありません。

 

«

»

ページの先頭へ