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明けましておめでとうございます

2019年1月9日

今週から仕事も翻訳的に始まりました。(今、「本格的に」と書くつもりが「翻訳的に」と誤入力してしまいました。しかしあながち間違いでもないので、このままにします)

ここ数年、翻訳の世界でもAIが話題です。AI が人間に取って代わる仕事は何か、という記事をよく見ます。翻訳はいつもその中に取り上げられています。私自身は、一般的な翻訳や通訳業務はともかく、法務翻訳の仕事は当分AIでも代替できないと思ってます。法務翻訳を20年余り専業で行ってますが、それ以前の10年以上の企業法務の経験、つまり翻訳を発注するクライアント側の経験も加味しての率直な感想です。今、急にこのトピックを思いついて書き始めましたので、必ずしも頭の整理はされてませんが、理由として大きく3つあります。

1. 法務翻訳の世界はかなり深い。

よく翻訳の入門書やガイドで、法律や契約書は定型文も多く、意外と簡単、と書かれています。私の印象は全く逆で、法務翻訳ほど難しくて、うかつに立ち入らないほうがいい翻訳分野はないと思います。確かに短い秘密保持契約などは、ほとんど定型文というか、パターンが決まっています。案件毎に異なるのは「使用目的」くらいでしょうか。しかしより複雑で微妙な仕事が来るようになると、法務知識と経験、そしてセンスがないと、クライアントの希望納期に仕上げるのは困難です。原文そのものが曖昧な場合は、曖昧なまま訳すべきか、翻訳者が補って分かり易くした方が喜ばれるか、という判断もしなければなりません(特に契約書は交渉の妥協の産物ですので、あえて曖昧に仕上げて締結し、問題を先送りするなどという「不純」なことも起きます。企業法務時代に何度も経験しました)。逆に英文和訳のときなどは主語をいちいち日本語に反映すると読みにくいので、誤解を招かない程度に省く、などというサービスも必要となることがあります。

判例文ですと、日本語の場合、一つの文章が1ページ以上になることもあり、英語でそのままワンセンテンスにすれば、クライアントが逆上するのは火を見るより明らかです。

要するにAIといえども、その下拵えをする人の作業がとんでもないことになりそうです。少なくとも私はタッチしたくありません(笑)。

2. データが少ない

碁やチェスであれば、理論的に無限にデータを集めることができますし、過去の有名な試合は公表されてますので、データ蓄積に苦労はしないでしょう。法務翻訳の場合、判例の多くは公開されてますからデータ蓄積に馴染むような気もします。しかしAIが必要とするのは、日本語(または英語)だけの判例本文ではなく、その英訳(または和訳)との並記でしょう。なのに、ご存知の通り、日本の判例は日本語で公開されているものの、その英訳が揃っているわけではありません。英語の判例も同様、日本語の翻訳などほぼ皆無です。ましてや契約書の文章はほとんど非公開であり、AIが必要とするデータ量が圧倒的に不足するでしょう。私もこのブログを作成するときに、実際の契約書がどれだけ複雑かお見せしたいと思うことはありました。しかし守秘義務もありそれは不可能です。つまり多くの法務翻訳の過去の例は陽の目を見ることはありません。

3. 最終的に「商品」としてクライアントに出せるか?

たとえ上に述べた問題が解決できたとしても、AI翻訳を人間の目を通さずにクライアントに納品できるか、という大きな問題があります。法務翻訳といってもその対象は判例文、弁護士意見、契約書、法律、社内規則など多彩です。しかしその多くは単なる「参照資料」ではなく、法的な権利義務を生む、切れば血が流れるようなものです。誤訳がもたらす被害は、致命的なものになる可能性があります。

しかしもし最終チェックを生身の人間が行うとなれば、そこで費用と時間が必要となり、AIを使うメリットが大きく損なわれます。法務翻訳の場合、上記1. で述べた通り、そもそも文書が過剰に複雑となりがちです。その場合、「他人」の翻訳をより上級の翻訳者がレビューし訂正するより、その上級翻訳者が最初から翻訳をする方がよっぽど早く正確に仕上げられます。下訳をAI が行ったとしても、同様の問題が残ります。これを解決するには、AIの翻訳を完成品として検収するという商慣行や、場合によっては法制度が広く受け入れられる必要があるでしょう。それがいつになるか。近い将来はないと私は思ってます。

ということで、大雑把ですが、現時点の私なりの考えをまとめて、今年最初のブログ記事とさせていただきました。

しかし寒いですね。

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