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Kai 10 KAI手ごねディクショナリー

2013年4月4日

法務関連の辞書や用語集はここ10年でかなり整備され、私の仕事も随分と楽になりました。

最近日本の法令用語の英訳について画期的だったのは、政府の肝いりで作られ、現在法務省が運営している日本法令外国語訳データベースシステムの辞書検索です。辞書検索そのものも勿論便利ですが、この中の「変更履歴」はとても勉強になります。以前「?」と思っていた掲載訳語が、「なるほど」という訳語に直されたりしてます。このサイトではかなりの数の日本の法令の英訳も掲載されています。

上記サイトはとてもよくできてますが、私が知る限り、辞書のページをめくるような感覚での利用はできません。

検索希望の言葉をまず自分で決めてそれを入力しなければなりません。訳語があればその訳語だけが掲載され、なければそれで終わりです。特に代替の検索語を提案してくれる訳ではなく、自分の検索語の前後の言葉を表示してくれる訳でもありません。

2010年3月現在、例えば「連帯保証」と入力すると、 joint and several suretyship という訳語が表示されます。そこで「この用語を使用している法令」というボタンを押すと、「法令が見つかりませんでした」という表示が出ます。しかし、一方同じ画面に表示される「連帯保証」の横の「この用語を使用している法令」のボタンを押すと、ちゃんと「民法(第一編第二編第三編)」という表示がされます。

そこで今後は、同じサイトの「法令検索」に戻り、「民法(第一編第二編第三編)」を探してその日本語・英語並記のページを表示し、そこで「連帯保証」を検索するとちゃんと第四百五十四条(連帯保証の場合の特則)が表示されます。
ではそこではどういう訳語が使われているのかと思い、その並記された訳語を見ると “Joint and Several Guarantee” となってます。

随分と回りくどい説明でしたが、要はまだ “look and feel” と “usability” の面でいまいちであり、辞書と法令翻訳の整合も十分ではないようです。しかし作りっぱなしというサイトではなく、上述の様ようにどうやら地道な手直しもされているようなので、今後期待が持てます。

その前身サイトもまだアクセスできます。場合によってはこちらの方が使い勝手がよいかもしれません。辞書のページをめくるように、ずーとスクロールすることもできます。但し、ここでの新データへの更新は行われていないようです。ご注意下さい。

この法務省運営サイトのデータは、必ずしも公式な訳語という位置づけではありません。しかし少なくとも日本の法令に用いられるような専門的な用語については、このサイトを把握していれば問題ないでしょう。昔は「監査役」ひとつ取ってみても、単に auditor と訳すか、 corporate auditor、はたまた statutory auditor と訳すべきか、悩んだものです。今はこのサイトで掲載されている company auditor を選べば、クライアントにも根拠を説明できるので楽です。

英和については、私が知る限り、上記法務省サイトのような「定番」はありません。しかし東京大学出版会の英米法辞典が既に一つの権威になってます(CD版 もあります)。これ以外の辞書類も随分と充実してきました。一般的な英語関連辞書も、印刷形式、CD形式、そしてネット上も含め、便利になりました。ここ で紹介するスペースはありませんが、私の(KAI 11)本棚の画像を掲載しましたので、参考にしてみて下さい。

そして何よりも Google が巨大な辞書代わりになってます。

しかし、これら既存のデータベースや辞書の訳語ではなんとなく腑に落ちないこともあります。では、私が気になった用語をいくつか取り上げてみましょう。必 ずしも純粋に法務的な用語には限られませんが、いずれも法務翻訳でよくお目にかかる単語です。このデータは順次更新する予定です。ではこちらにどうぞ。

英語の部

Abstract:
判断や議論が in the abstract でなされた、という言い回しをよく見ます。辞書では「抽象的に」と訳されることが多いのですが、何となく抽象的な訳でポイントがぼやけることがあります。 「確たる根拠もなく」、「具体性がなく」、「裏付けもなく」等と訳した方がぴったりするときがあります。法務的ではありませんが、場合によっては「現場も 見ずに」という訳もありかもしれません。

Acceptance:
受諾;承諾;検収;受付;受入;受領;引受。この言葉は法務関連の書類では頻繁に目にします。その意味が随分とバラエティーに富んでますので、注意が必要です。 まず押さえておきたいのが、契約成立の重要な要素である offer に対応する accept です。これは通常「承諾」または「受諾」と訳します。一方 offer は申込ですね。売買契約や建設契約では、製品や工事の「検収」という意味でよく出てきます。ここで気をつけたいのは、一般的に製品納入時に accept と言う場合は、単に製品を物理的に受領するという意味ではなく、受領後に検査をし、合格判定を行った上で「検収」する、という意味が多いことです。 より取引が複雑なプラント建設等でも、まず機械的完成(mechanical completion)があり、その後試運転(commissioning)や性能保証試験(performance test)を行い、契約上の要件が満たされた時点で acceptance となり、引渡が行われるのが普通です。従って accept、 acceptance は、物理的に受け取ったという意味ではなく、契約上の条件も満たされたという意味で押さえておいた方がよいでしょう。つまり「検収」のことです。 小切手や手形などの処理で accept が使われる場合は、「引受」と訳すのが普通です。

Action:
行為;措置;訴訟。
action には「訴訟」という意味があります。契約書の中では、例えば「契約解除時に売手がとるべき措置」の「措置」という意味で action を使うこともあれば、「買手において契約違反があったときは売手は訴訟も含めてしかるべき手続を取ることができる」等、「訴訟」という意味で action を用いることもあります。従って、どちらの意味かよく見極める必要があります。 「訴訟」を意味する単語は他に lawsuit と suit があります。action はコモン・ロー上の訴訟、suit は衡平法(エクイティ)上の訴訟を本来意味し、 lawsuit は全てを含むとされています。ただ、現在では action と suit は区別なく用いられています。契約書ではよく action, suit と並記されます。上記のような事情もあり、私はまとめて「訴訟」とすることにしています。

Address:
取り組む。 “For practitioners who address issues related to employee benefit plans, this seminar will provide an opportunity to hear from the ERISA experts.”「従業員福利制度関連の問題に取り組んでらっしゃる実務担当者の方々にとって、本セミナーはERISA の専門家の話が直接聞ける絶好の機会になるでしょう。」この意味の address は、英文の契約書や社内文書などでよく見かけます。一方、日本語の「取り組む」を普通の辞書で調べると、 wrestle with や、deal with、tackle、come to grips with 等の訳語が当てられてます。しかし、実際の英文の法務文書ではこのような暑苦しい表現に出会うことはほとんどありません。日本語の文書では「取り組む」や 「取組」は日常的に使われてますが、そのニュアンスを出すのに address がぴったりという気がします。

Allege:
申し立てる;主張する。
英語の法務文書(契約書や訴状が特にそうです)は、その内容が客観的な事実なのか、それとも相手方や他人の勝手な言い分なのかについては大変慎重に区別します。こういうときに、 allege が活躍します。
“The indemnity under this Paragraph does not extend to any suit based upon any infringement or alleged infringement of any patent by the alteration of any products furnished by the Supplier.”
「本項に基づく補償は、サプライヤーが提供した製品に加えられた変更が引き起こした特許権侵害またはその申立に基づく訴訟には及ばない。」

Anniversary:
応当日を参照のこと。

As is:
現状有姿。
物を納入する契約で、納入業者が
“This product shall be delivered on an ‘as-is’ basis.”
「本製品は現状有姿条件にて納入されるものとする。」という場合は、平たく言えば「保証は一切行わない」ということです。対象がサービスや不動産の場合も同じです。as is where is と表記することもあります。

Asserted:
主張する。
Alleged と同様、その内容については必ずしも筆者は同意している訳ではないことを示します。
“Several states have considered, and some have adopted L3C legislation based on asserted benefits to both private foundations and entrepreneurs alike.”
「L3C立法が私立財団や企業家に等しくもたらすと喧伝されている利益に基づき、幾つかの州がその立法化を検討しており、中には既に採択を済ませた州もある。」
(注: L3C : 低営利有限責任会社のこと。下記L3Cの項参照のこと)
(American Bar Association Section of Real Property; The Issues and Concerns with Respect to L3Cs for Your Private Foundation Clients – March 23, 2010セミナー開催案内文の一部)

At will:
任意の。アメリカの雇用契約は通常 at will contract といい、会社、従業員、いずれの側からも雇用契約の解除を任意に行えるというのが通常です(人種差別や年齢差別等に該当する場合は憲法違反、という重要な例外はありますが)。一方、ご存知の通り、日本では従業員はいつでも任意に雇用契約を解除できますが、会社側は簡単には解雇できません。アメリカ本社から日本法人にアメリカ人 マネジャーが派遣される場合、このことに疎く、一方的に従業員を解雇しようとして日本人スタッフが難渋することがあります。「日本では雇用契約は at will ではない」という説明が必要です。

Case:
主張;言い分。
この単語は普通、「事件」、「事案」、「場合」等と訳されます。法務翻訳で覚えておくと役立つのが「主張」とか「言い分」といった意味です。

Cause:
(他の者をして)~させる。ある当事者が自らある行為を行うことと、当人が他人に同じ行為をさせることをまとめて論ずることが契約書ではよくあります。例えば、日本語契約であれば、 「本ライセンシーは本製品を製造し、また第三者をして本製品を製造させることができる」とか「本ライセンシーは、本製品の製造または製造委託を行うことが できる」と表現すればよいでしょう。英文契約では英語の構造を利用して次のようにうまくまとめることできて便利です。 “The Licensee shall manufacture, or cause others to manufacture, the Product.” “The Licensee shall make, or have others make, the Product.”

これを更に次の様に短縮することもよく見られます。

“The Licensee shall make or have made the Product.”

このように第三者に行為をさせるということは、日本の業界言葉で言えば業務委託なのですが、それができる権利を英語では、 “have made” right ということがあります。
同じような目的で procure を使うこともあります。

“The Vendor shall deliver or procure the delivery of the Equipment to the Place of Delivery on or before the Due Date for Delivery.”

この cause や have 、 procure 等の使い方を知っていると、数学の因数分解のように見た目にも文章をきれいにまとめることができるので、お薦めです。

Compromise:
損なう。
「妥協」という意味はよく知られてます。
一方、法務関連文書で用いられる場合は、「損なう」、「疎かにする」と訳した方がピンとくることがあります。「弱体化させる」、「評判を落とす」という意味の場合もあります。
“The company’s security system was compromised.”
「会社のセキュリティシステムが破られた。」

Constructive:
法定の;擬制上の。constructive purpose を「建設的な目的」と訳すように、この言葉は「建設的な」という前向きのイメージが強いと思います。しかし法務翻訳では、construe (解釈する)という動詞から派生した、「法定の」、「擬制上の」という意味を押さえておくことが大事です。これは、事実とは異なるが法律がそのように認めたり、仕組むことを意味します。

Dollar amount:
金額。amount は数量を意味することもあります。そのためか、dollar amount と表記して金額であることを明確にすることがあります。日本円での金銭授受しかありえない契約書の中で dollar amount が使われた例を見たこともあります。「百万ドルの夜景」、「ドル箱路線」等と同じ事情と思えばよいのではないでしょうか。いずれにしても、この場合は単に 金額とすればよく、「ドル」を補うといらぬ混乱を招く可能性があります。

Ensure:
~を確保する;間違いなく~する;必ず~する;万全を期す。
下記「確実に」の項を参照のこと。

Escalate:
問題処理を上位職制に委ねる。米国企業の契約書や社内文書で非常によく見かける意味です。英文契約書で escalate が使われる場合や、日本の外資系企業で何か問題を「エスカレート」する、と言う場合、この意味のことが多いです。不思議なことに市販の辞書(ビジネス用語 の辞書を謳い文句にするものを含む)やネット辞書(alc.co.jp を除く)でこの意味を掲載しているものを見たことは一度もありません。 “The Parties agree to make every reasonable effort to resolve any dispute that may arise between them in an amicable manner pursuant to article 19 hereof. If such efforts are unsuccessful, the Parties shall escalate the dispute to higher management levels.”

「争いが生じた場合、両当事者は本契約第19条に基づきこれを友好的に解決すべくあらゆる合理的な努力を払うものとする。もし当該努力が不首尾に終わった場合、両当事者は争いの解決処理を上級経営陣に委ねるものとする。」

Exempt:
労働基準法適用除外者(いわゆる管理職や専門職)。
米国系企業で日常的に使われる言葉です。残業代がもらえない日本の管理職や専門職に相当する社員を意味します。これに対し一般社員は non-exempt といいます。

Governing law:
準拠法。
Kai 8 「契約書Kai風調理法」の「Compliance with law と Governing law と Jurisdiction の違い」の項を参照のこと。

Gratuitous:
理由のない;いわれのない。辞書にはよく「無償」と記載されてます。しかし、次のような文例の場合、「無償の支払」というのは違和感があります。いわれのない、とか、根拠のない、という表現の方がピンと来ませんか?“The Licensee shall not make any inappropriate, gratuitous payment or other benefits or bribe to any government official.”「ライセンシーは、公務員に対して、不適切でいわれのない支払や、その他利益もしくは賄賂の提供は行わないものとする。」

逆に日本語の契約でよく出てくる「無償にて提供する」というような条文の「無償」を gratuitously と訳している例をよく見ますが、実際の英文契約ではこのような場合、 free of charge や without charge を用いるのがほとんどです。

Hold oneself out:
名乗る。振る舞う。装う。
Hold oneself out as (or to be) A. のストレートな意味は「Aと名乗る」、「Aとして世に知らしめる」という意味です。しかし契約書の中では、本来Aの権限がないのに、あたかもAであるかの 如く名乗ったり、振る舞うことを禁止する目的でよく用いられます。典型的な例は次の通りです。
“The Distributor shall not hold itself out to be the agent of the Customer.”
「本販売代理店は、本顧客の代理人と名乗らないものとする。」
この「振る舞う」という意味を掲載している辞書は、研究社の新英和大辞典やランダムハウス、ネット上の辞書も含めてほとんどありません。私が調べた中でこ の意味で掲載していたのは研究社のリーダーズ・プラスと、アイビーシーパブリッシングの契約・法律用語英和辞典(菊池義明氏著)のみでした。特に後者は分 かりやすい例文まで挙げてます。この辞書(以後、菊池英和とよびます)は、これに限らず、用語の選択と、説明、例文がいちいち的確で、何度膝を叩いたこと か。今一番私の壺にはまった辞書です。

Incorporate:
(形容詞扱いの場合)法人格がない。Incorporate は通常、法人化する、という動詞で用いられます。契約書に物理的に含まれていない書類を引用により契約の一部に組み込むときにも使われます。但し、滅多に見ない用法ですが、「法人格がない」という意味の形容詞で用いられることもあります。この場合は corporate or incorporate 、つまり「法人格の有無を問わず」という表現で現れるのがほとんどのようです。ちなみにこの意味は通常の辞書(Black’s Law Dictionary も含む)にはまず載ってません。Oxford English Dictionary には、「多分誤用」とした上で、 “Not incorporated; not existing as a corporation” と説明されてます。

INCOTERMS:
インコタームズ。
FOB や CIF 等がよく知られてます。FOB等は危険負担がどこで移転するかは規定してますが、所有権については何も触れてません。かなりの人がこれを誤解していて、所 有権の移転時期が定められていると思っているようです。インターネット上でもそのような説明が散見されます。所有権の移転は売買契約の中で明記する必要が あります。

Indemnify:
対象者を防御、免責し、これに対して補償する;被害を及ぼさない;累を及ぼさない。Kai 8 「契約書Kai風調理法」の「C Warranty (保証)と Indemnity (補償)の違い」の項を参照のこと。

Instigator/leader:
煽動者・先導者
欧州競争法では、カルテル参加者に対する制裁が事情に応じて加減されます。その一つの例ですが当事者が instigator か leader の場合、懲らしめのため制裁金は増額されます。この文脈で、この二つの単語はよくペアで出てきます。日本語に訳すと、字面はともかく、読みが同じでちょっと困りますね。

Instrumentality:
各省庁;所属機関;下部組織;出先機関。
一般の辞書では「手段」といった意味しか掲載されてませんが、契約書で用いられる場合は、政府や国の所属組織、下部組織という意味がほとんどです。
“The term ‘American employer’ means an employer which is (A) the United States or any instrumentality thereof, (B) … (F) .”
「「アメリカ国籍雇用主」とは以下の各号に該当する雇用主をいう: (A) アメリカ合衆国またはその所属機関、 (B)、… (F) …。)」
場合によっては、「省庁」、「下部組織」等を当ててもよいでしょう。問題は、次の例のように、 department や、agency、bureau 等が並記されていて、そちらに「各省庁」や「各部局」等の名称が取られてしまい、 instrumentality に当てる日本語の在庫がなくなってしまう場合です。まあ、これに限らずよくあることですが。
“Governmental Body means any court, department, commission, board, bureau, agency, public authority or instrumentality of any country.”
それで困って最後に思いついたのが、「出先機関」でした。

Jurisdiction:
裁判管轄権;法域。ほとんどの英文契約には Jurisdiction という見出しの条項が設けられ、契約に基づく紛争がどの裁判所に提起されるかが書かれてます。この場合は、裁判管轄権の意味です。これとは異なり、例えば“You are responsible for complying with the laws of the jurisdiction from which you are accessing this site.”(出典:Accenture社 Terms of Use

という条項の場合、 jurisdiction は「裁判管轄権」ではなく、「独立した法体系を形成している区域」、つまり平たく言えば「国」のことを指します。但し、アメリカの様に州がこの「区域」に 該当し、必ずしも「国」とは限らないこともあるので、「法域」という言葉を使う方が無難です。

上記例文の和訳:「お客様には、当サイトへのアクセス元の法域の法律を遵守する責任があります。」

Kai 8 「契約書Kai風調理法」の「Compliance with law と Governing law と Jurisdiction の違い」 の項参照のこと)

K:
契約。
ロースクールの板書で、教授達はよく contract を K と略してました。私は急いでメモを取るときに今でも使ってます。便利です。

Lanham Act:
ランナム法。アメリカの連邦商標法の通称。日本ではかなり専門の辞書や本でもこれを「ランハム法」と表記してます。しかしアメリカでは「ランナム」または「ラナム」と発音します。そもそもこの法律 の立法を提唱した人の名前なので、当然その発音を尊重すべきと思うのですが。逆に日本で「服部さん」が提唱した法律をアメリカ人が Fukubu Act と訳したらおかしいですよね。ところで英語の “h” の発音は曲者です。ご存知の方も多いと思いますがフランス語では “h” は無音です。そのせいか、英語でも結構無音の場合があります。忘れもしません。私が留学した Duke Law Schoolはノース・カロライナ州の Durham にあるのですが、渡航の直前まで、「ダーハム」とばかり思ってました。あるとき知り合いのアメリカ人が「それはダーラムと発音するのだ」と教えてくれたの で恥をかかなくてすみました。そんな経緯もあり、商標法の講義のとき、恰幅のよいLange教授が連発していた「ランナム・アクト」の音にも納得したものです。Durham のことがなければ、単に「この教授は発音が随分訛ってるな」と思い、私も未だに「ランハム・アクト」と読んでいたかもしれません 。

実は、英語の場合、語尾に ham が来ると、この h はほとんど発音しません。小学館の「プログレッシブ英語逆引き辞典」(編者:國廣哲彌、堀内克明)(1991年7月1日初版)の531ページには、 “-ham” が語尾に来る単語が掲載されてます。多くは人名や地名に割かれてます。カタカナ表記ですが、ほとんどの場合において「ハム」と発音しないことは明確です。(特に直前に “n” が来る場合)幾つか例を挙げてみます。例: Birmingham (バーミンガム)、 Denham (デナム)、 Fareham (フェアラム)、 Fanham (ファーナム)、 Tottenham (トテナム)、 Cheltenham (チェルテナム)、 Twickenham (トゥッカナム)。

もっとも一番わかりやすい例は、サッカー選手のベッカム(Beckham)かもしれませんね。

L3C:
Low-profit, limited liability company. 「低営利有限責任会社」とでも訳せばよいのでしょうか。日本ではまだ馴染みがない言葉ですが、営利を求めない有限責任の会社で、各州の州法に基づき設立されるもののことを指します。 省略方法が面白いですね。

Material:
重大な;重要な。
Material defect とか material breach という場合の material は、物質とか材料という意味ではなく、「重大な」、「重要な」という意味です。一方、 defect in material and workmanship というときの materialは、材料です。「材料および製造上の欠陥」という意味です。紛らわしいですね。

Nonassessable stock:
追加払込義務のない株式。日本の企業法務関係者でこの言葉の意味がピンと来る方は少ないのではないでしょうか。私もそうでした。要は、一旦株式の金額を払い込めば、それ以上の金額の請求を発行会社から求められることはない株式のことです。しかし、そんなのは当然ですよね。そもそも株式会社の一番の特徴は、株主は払い込んだ出資額以上の責任を負うことはないという有限責任にあるからです。し かしアメリカではそうではない株式の可能性が残されているようで、念のためか、このような回りくどい言い方をよく見ます(特に株式売買に係る契約等)。意 味の隙間が生じないよう、細かく言葉を補ったり重ねる傾向はアメリカの法務文書では顕著なので驚くには当たりませんが。

On:
On は前置詞ですので、普通は後に名詞が続きますが、 what や howで始まる句や節に付くこともあります。
“This book is perfect for corporate counsel and executives, and provides information on the management of invention protection, the characteristics of a high quality patent, avoiding patent infringement litigation from an offensive and defensive perspective, how to evaluate a patent before litigation, and how to make a patent ready for negotiation, settlement or litigation.”
(ABA Book Publishing (アメリカ法曹協会の出版部門)が刊行した本の宣伝文句。2010年2月22日にメールで受信) 上の例のように名詞と混在して、長い文章を構成するときは、うっかりすると迷ってしまうので、注意が必要です。

One of the largest:
最大級の。One of the …est という表現は、中学時代に初めて目にしたときから、「最上級なら一つしかないはずなのに、何故いくつもあるのだ。なんか変」と思ってました。未だに違和感があります。日本語でこれにぴったり対応する表現はありませんが、 one of the largest だけは、「最大級の」とか、企業であれば「最大手の」等と工夫する方法があります。他にも「最高級」(one of the finest)や、「最上級」(one of the highest)等もこのやりかたで上手くいきます。勿論、「最低級」(one of the lowest)とか「最短級」(one of the shortest)、「最暑級」(one of the hottest)等、上手くいかない方が圧倒的に多いですが。「世界でも有数の」という表現も場面によっては使えます。ご参考までに。

Pay:
支払、納付:
通常は「支払」で問題ないと思いますが、税金の支払の場合は「納付」という言葉を使うと文章が引き締まります。英語では、電話料金の支払いでも、税金の納付でも、使える単語は pay だけです。

Personal:
一身専属の:日本語の「一身専属」は完全な法律専門用語なので、一般の方々には馴染みがないでしょう。英語では personal はありふれた言葉です。契約書の中で用いられる場合は、「譲渡不能」とほぼ同じ意味です。勿論、 not assignable と書けば用は足りるのですが、強調するためか、 “this agreement is personal to you, and may not be assigned to …” という表現をよく重複して用います。他に personal の用途で覚えておいて役立つのは personal property です。これは「私物」とか「身の回り品」という意味ではなく、不動産に対する「動産」という、立派な法律用語です。

Personnel:
要員;スタッフ;従業者。
下記「従業者」の項参照のこと。

Possession:
占有;所持。Possession とはある物をとりあえず排他的に所持している、つまり占有していることに過ぎません。その物の法的な所有者かどうかは問いません。 例えば秘密保持に関する条項で、“The information possessed by the Licensor that may be disclosed to the Licensee shall be deemed to be the Confidential Information under this Agreement.”という文章があった場合、the information possessed by the Licensor は、ライセンサーが単に所持している情報を意味するだけです。当人が所有権を有するかどうかは問われてません。場合によっては当該ライセンサーが本来の所 有者である第三者(例えばライセンサーのライセンサー)から受領した情報かもしれません。従って、これを「ライセンサーが所有する情報」と訳すと、場合に よっては致命的な誤訳になります。「ライセンサーが所有する情報」であることを明確にする場合はよく “Licensor’s proprietary information” という表現を使います。

もう一つ。所有権どころか、所持人が所持する意図を持っていない場合でもpossession と呼ばれます。何のことかよく分からないかもしれませんが、例えば知らない間に誰かが自分のバッグの中に麻薬を入れていて、それが警察に見つかった場合、 その人が罪を問われるかどうかという問題です。アメリカの Law School の刑法のクラスでは、このような単なる possession が犯罪になるのかどうか、なるとしたらどんな場合かという話しが講義の最初に出てきます。これはなかなか面白い話しですが、刑事の問題ですし、スペースも ありませんので割愛します。

Professional:
業務用。
professional という英語を目にすると、すぐ「プロ」という連想が働き、高度な専門性を持つカリスマ○○師の姿が思い浮かびます。しかし、これは単なる「業務用」という 意味でも使われる言葉です。日本語の「プロ」や「プロフェッショナル」よりは随分と守備範囲は広いと考えた方がよいでしょう。

Represent:
表明する。
通常の辞書には、「~を表わす」、「表現する」、「象徴する」、「意味する」、「代表する」等の訳語が当てられていますが、契約書でよく見られる
“The Company represents that it is duly organized, validly existing and in good standing under the laws of its jurisdiction of organization.”
等の表現においては「表明する」と訳すのが一般的です。
“The Purchaser hereby represents and warrants that …”
等 も典型的な条文で、よく “warrant” と並記して使われます。 represent と warrant には意味の上での違いはあるのでしょうか?一般的には、represent は、その表明を行ったときにその表明の内容が正しければ十分です。上記の例で言えば、この表明が含まれる契約を締結した時に
“it is duly organized, validly existing and in good standing under the laws of its jurisdiction of organization.”
で あればよく、例えば契約締結の1年後に経営が傾き “in good standing” ではなくなっても、契約違反にはなりません。一方、 warrant の場合は、瑕疵担保保証等が典型的な例ですが、その保証の内容を一定期間維持する義務が発生し、これを満たせなければ契約違反を問われます。
身近な例でいえば、保険に入るときの「告知」がまさに representation です。例えば癌保険に入る時は、「現在癌にはかかっていない」ことを告知しますが、契約締結後も癌にはかからないことを別に保証する訳ではありません。そ れではそもそも癌保険の意味がありません。

Reputable:
大手の;定評のある。
「契約上の通知は reputable courier を使って送付する」という趣旨の条項が英文契約では普通に入ります。

Standing:
当事者適格。「事件性」の項参照のこと。

Terminate:
解除、解約、終了という訳語を充てることがほとんどですが、「打ち切る」という言葉がぴったりする場合もあります。
The Licensor can terminate the Licensee’s participation in the Program.
「ライセンサーは、ライセンシーによる本プログラムへの参加を打ち切ることができるものとする。」

Therefor:
そのための。
これは for it を縮めたものです。一般の英語では馴染みがないのか、WORD のスペルチェックで必ずひっかかり、 therefore が修正候補として上れられます。法務英語ではこのように、 it に前置詞がついたものを therefor、therein、therewith 等と、there- 組み合わせます。結構便利です。ちょっと奇異に感じるかもしれませんが、ドイツ語を習ったことのある方でしたら親しみを感じるかもしれません。ドイツ語で は、therefor、therein、therewith に対応する dafür、darin、damit は日常の単語です。

Trade dress:
商標ドレス(出典:小学館ランダムハウス英和大辞典);業務表装(出典:日経産業新聞2009年2月10日(7面)「パテントNOW」国際特許事業化アドバイザー大鐘恒憲氏;営業的意匠(出典:矢部正秋著「国境なき弁護士たち」(201ページ));商品形態(出典:原秋彦著「ビジネス法務英文グロッサリー」(199ページ)

;トレード・ドレス(出典:雄松堂「知的財産権法文献目録 2008」(24ページ))

この言葉は最近よく見ますが、日本法には対応する法的概念がありません。そのため、まだ日本語の定訳がないようです。英米法辞典にも載ってません。菊池英和にもありません。訳語を当てる場合も上記の通りばらばらです。

Donald S. Chisum/Michael A. Jocobs の共著Understanding Intellectual Property Law (Matthew Bender 1992) には次の様な説明があります。

“A trademark may consist of a three dimensional design, such as the shape and ornamentation of product packaging, or even of the product itself, if the design is distinctive rather than functional. State unfair competition law and Lanham Act Section 43(a) also provide protection against the creation of confusion by the simulation of a product or service’s “trade dress.””

「商品包装の形状や装飾等の三次元デザインの場合でも、そのデザインが機能性よりむしろ識別性を備えたものであれば商標の構成要素となることがある。のみ ならず商品そのものが当該要素を満たすことさえある。各州の競争法や、連邦商標法第43(a)項にも、商品やサービスの「営業的意匠」の模倣行為がもたら す混同に対応した保護規定が置かれている。」

Turnaround:
処理時間;応当時間;所要期間;納期。
英和辞書には、いろいろ意味が並んでますが、ランダムハウスに載っている「一つの仕事[工程、作業]をやり終えるのに必要な時間」という意味を知っておく と便利です。例えば翻訳業界であれば、お客が求める納期という意味で turnaround または turnaround time という言葉がよく使われます。この turn と組み合わせた言葉では、他に turnout と、turnover という単語をとても重宝します。ただ私はよく混乱するので「turn 三兄弟」と呼んでます。

Turnout:
来場者数;来客数;出席者;出足。
「今日は(セミナーの)参加者が多かった」というときは、
“There were many participants today.”
と書くといかにも日本人の英語ですが、
“There was a good turnout today.”
と書けば引き締まった英語になります。

Turnover:
これも「転換」、「転向」等という訳語が辞書には並んでますが、法務関連で押さえておきたいのは「離職者と新規採用者の入れ替わり」という意味と、「売上高」という意味です。前者の例:“Turnover creates unnecessary expense and reduces efficiency. Productivity drops. When a planner identifies high turnover in a specific department, the quality of training and supervision in that department should be looked into.”(James M. Jenks 著 Personnel Forms Book (Round Lake Publishing 1996) p. 171)

「従業員の離職に伴う新規雇用は不要な経費および業務効率悪化の原因となります。生産性は低下します。特定の部署の離職率が高い場合、その部署の教育訓練と労務管理の質に問題がないか調べてみる必要があります。」

unaided memory:
生身の記憶。 例えば、ライセンス契約や秘密保持契約等では、技術開示を受けた当事者は、利用は開示について制限を負います。また開示元から要求があった場合や、契約終 了時には、受け取った情報を返却または廃棄する義務を負うのが普通です。しかし、書類や記憶媒体を返却・廃棄しても、担当者の頭の中には、何らかの記憶が 残ることは避けられません。そのような外部資料・媒体に頼らない人の頭の中の純粋な記憶をunaided memoryということがあります。日本の法務慣行では、このような記憶を取り上げて論ずることがあまりないので、定訳はないと思います。

Venue:
裁判地。
venue と jurisdiction は混同されがちです。jurisdiction は、裁判管轄権と通常訳しますが、「事件を受理し審議する裁判所の権限」です。一方、venue は、あくまでも「jurisdiction をもつ裁判所が裁判する場所」に過ぎません(いずれも英米法辞典)。Black’s Law Dictionary には次のようなそのものずばりの説明があります。
“’Jurisdiction’ of the court means the inherent power to decide a case, whereas ‘venue’ designates the particular county or city in which a court with jurisdiction may hear and determine the case.”

Window:
ある行為が許される(または強いられる)一定の期間。
これはあまり一般の辞書には載っていない意味ですが、法律や契約の中での期間設定や経過手続の規定でよく用いられます。
“During the 4 month ‘window’ period from April 1, 2006 through June 30, 2006 employees who elect to retire no later than June 30, 2006 under the Pension Plan will be given the option of exchanging their accumulated sick time for credited service in the following manner:”
「2006年4月1日から同年6月30日までの4ヶ月の対象期間中において、同年6月30日までに年金制度に基づき退職することを選択した従業員については、当人の累積傷病休暇日数を以下の計算によって得られる勤続年数と交換できる選択権を与える。」
(出 典:Agreement between City of NEW HAVEN and New Haven Management & Professional Management Union, Local 3144, Council 4, AFSCME, AFL-CIO)
つまり、壁にぽっかりと窓の穴が空いていて、そこからだけは中を見ることができる様に、他の時期は駄目だが、この期間中だけは申請が許される、という連想 でこの種の優遇期間のことを window と呼ぶのでしょう。法律や契約書の中で具体的に window という言葉が使われてなくても、その説明の時によく使われます。視覚的な表現でいかにもアメリカ的だなと思います(イギリスでも使うのでしょうか)。同じ様に私が気に入っている視覚的な表現に in the pipeline というのがあります。例えば申請書を提出すると一定の審査を経て最後の承認が出るまで(出ないかもしれません)何もできずやきもきすることがありますが、 このような時に “The application is in the pipeline.” という表現をすることがあります。いかにも一旦中に入れると、別の穴から出てくるまで手の出しようがない、という雰囲気がよく出てます。

with cause:
これは termination without cause と併せて、契約書の解除条項でよく使われる表現です。
ここでいう cause は単に「原因」、「事由」と訳すよりは、「正当事由」と訳す方がぴったりする場合があります。
“The Licensor may not terminate this Agreement without cause.”
「本ライセンシーは、正当事由なく本契約を解除できないものとする。」
但し、ちゃんと without good cause とか without just cause と書く契約書も多いです。

within:
「○○から~以内」という場合によく使われますが、この「から」に相当する英語は、after、from、following、of などいろいろ見られます。経験ではこのいずれも使われるのですが、本当はどれが正しいのだろうと思い、調べてみました。ところが名だたる英和辞書や英々辞書を見ても、載ってません。やっと、研究社の新和英大辞典に次のような記載がありました。 「日付後又は一覧後3日以内に」→ “within three days after date or sight” そこで実際の法令にあたってみました。UCC(こちらのサイトを参照しました)では、ほぼ一貫して after が用いられてます。私が調べた限りでは、Article 1 から Article 9 までを通じて、 after 以外の使用例は次の通りです。 一カ所だけ following が使われてます。“(c) Subject to Section 3-504(c), with respect to an instrument taken for collection by a collecting bank, notice of dishonor must be given (i) by the bank before midnight of the next banking day following the banking day on which the bank receives notice of dishonor of the instrument, or (ii) by any other person within 30 days following the day on which the person receives notice of dishonor. With respect to any other instrument, notice of dishonor must be given within 30 days following the day on which dishonor occurs.” (§ 3-503(c))

また次のように、二者択一の場合は、 of が使われてます。

“(2) If the buyer, auctioneer, or liquidator conceals the fact that the sale has occurred, the limitation is tolled and an action under this Article may be commenced within the earlier of (i) one year after the person bringing the action discovers that the sale has occurred or (ii) one year after the person bringing the action should have discovered that the sale has occurred, but no later than two years after the date of the bulk sale. Complete noncompliance with the requirements of this Article does not of itself constitute concealment.” (§ 6-110(2))

次のような例もあります。文末をご覧下さい。

“§ 8-113. STATUTE OF FRAUDS INAPPLICABLE. A contract or modification of a contract for the sale or purchase of a security is enforceable whether or not there is a writing signed or record authenticated by a party against whom enforcement is sought, even if the contract or modification is not capable of performance within one year of its making.”

次に、Model Business Corporation Act 3rd Edition を見てみました。ここでは面白いことに、ほとんど after が使われてますが、 from や of も若干見られます。 同じような趣旨の条項でも、 within six months from the effective date of incorporation という箇所もあれば(§ 6.30(b)(3)(iii))、 within 120 days of its effective date という箇所もありました(§ 14.04(a))。 また within 60 days of the earliest date appearing on a consent delivered to the corporation in the manner required by this section という箇所もありました(§ 7.04(b))。 Google で使用例を検索しても、一番多いのが after で、次が of です。 following の例は、これらに比べてぐっと数が減ります。 ということで、 after を使うのが一番無難ということでしょう。

場面に応じて of を使っても良い。うっかり following を使ってしまい、クライアントから指摘されたら、上記の UCC の例を引用して開き直る、というのがよいのかもしれません(笑)。

work made for hire
完全買取著作物;職務著作物。これは訳すのに苦労する言葉です。訳語の是非はともかく、この概念の理解はとても大事です。最近はアメリカの企業の委託を受けて、映画や、ゲーム、ソフトウェアの製作に参加する日本の企業 や個人も多いのではないでしょうか。このときサインを求められる契約書には、十中八九、この work made for hire の規定が入ってます。市販の辞書では「職務著作物」と訳されていることがあります。これだと若干誤解を招きます。例えば受託者が日本企業やフリ一の個人である場合、「我々 (私)は別にこのアメリカ企業の従業員ではないから、無関係だな」と思うでしょう。しかし、この work made for hire は、一定の要件が満たされると、雇用関係のない企業や個人も縛られます。むしろそれが目的です。そして、自分に著作権が残ると思っていたのが、全く残ら ず、全て委託元に召し上げられることになります。残念ながらここでその意味を細かく説明するスペースはありませんが、とにかくこの条項を見つけたら、専門 家に相談することをお薦めします。ご参考までに、米国著作権法(例の「ランナム・アクト」です)の該当条項を転記しておきます。

日本の映画会社やアニメ会社、漫画会社、ゲーム会社が、海外事業を積極的に展開することを私はとても期待していますが、現地(特にアメリカ)で、個人や法人を委託先(出演者、演奏者、カメラマン、ソフトウェア開発者等)として雇う場合は、その委託契約に逆にこの work made for hire 規定を入れることを強くお薦めします。一旦、自分の法人著作権にしてしまえば、想定外の新しい媒体で将来作品を展開するときも、いちいち委託先の許可を取る必要はありません。これはとても重要でかつ有効な条項ですので、十分に理解して、是非、海外戦略に活用して下さい。

§ 101.Definitions
A “work made for hire”is-
(1) a work prepared by an employee within the scope of his or her employment: or (2) a work specially ordered or commissioned for use as a contribution to a collective work, as a part of a motion picture or other audiovisual work, as a translation, as a supplementary work, as a compilation, as an instructional text, as a test, as answer material for a test, or as an atlas, if the parties expressly agree in a written instrument signed by them that the work shall be considered a work made for hire. For the purpose of the foregoing sentence, a “supplementary work” is a work prepared for publication as a secondary adjunct to a work by another author for the purpose of introducing, concluding, illustrating, explaining, revising, commenting upon, or assisting in the use of the other work, such as forewords, afterwords, pictorial illustrations, maps, charts, tables, editorial notes, musical arrangements, answer material for tests, bibliographies, appendixes, and indexes, and an “instructional text” is a literary, pictorial, or graphic work prepared for publication and with the purpose of use in systematic instructional activities. [section 101 of title 17, United States Code]

§ 201.Ownership of copyright

(b)Works Made for Hire.-In the case of a work made for hire, the employer or other person for whom the work was prepared is considered the author for purposes of this title, and, unless the parties have expressly agreed otherwise in a written instrument signed by them, owns all of the rights comprised in the copyright. [section 201 of title 17, United States Code]

You:
お客様。インターネット上の英語で書かれた Terms of Use は、ほとんどYou を使ってます。例えば“BY USING THE SITE, YOU AGREE TO THESE TERMS OF USE; IF YOU DO NOT AGREE, DO NOT USE THE SITE.”といった調子です。

この You を「あなた」等と訳すと、結構ヘビーな日本語になり読み通すのが苦痛になります(それでなくても楽しい読み物ではありません)。そのためか、日本語の使用 条件はほとんど「お客様」と表記しています。念のため、主要家電メーカー(東芝、日立、NEC、三菱、ソニー、パナソニック)のサイトを調べたところ、ソ ニーの「皆様」と三菱の「ご利用者」以外は「お客様」でした。次に米国大手企業(Apple、 Microsoft、 Intel、 IBM、HP、 Google)の日本法人の利用条件を調べてみると、Google の「ユーザー」を除き、全て「お客様」でした。当然、日本企業、米国企業、いずれも語調は「である調」ではなく「ですます調」です。

さて、日本企業が初めてそのサイトを英語化するときに、まず考えなければならないのが、日本語サイトで使った「お客様」を何と訳すかです。私なら迷うこと なく You としますが、伝え聞くところによると、とある会社の件で英語ネイティブの翻訳者が You と訳したところ、「お客様を You と訳すなど、とんでもない。Customer とか Client とか、それなりの言葉を使え」というお達しがあったとか。気持ちは分からなくもないのですが、Apple、 Microsoft、 Intel、 IBM、HP、 Google 等、米国最大手の企業の英語サイトも全て You を使ってます。それを読んでアメリカ人が「失礼な」とプンプンするとは思えません。英語にする場合は、うやうやしさよりも、親しみ易さを出す方が効果的で す(少なくともアメリカでは)。これは翻訳の文化的な側面ですが、ホームページに限らず、日本国内向けのパンフレットやマーケット資料を海外市場向けに訳 すときの大事なポイントだと思います。

Zealously:
熱心に;熱意を持って。 熱心に;熱意を持って。 あまり法務とは関係のない言葉に見えるかもしれません。しかしアメリカの弁護士にとって重要な行動原理です。知っておくと有効です。私は何度もアメリカ人の弁護士の働きぶりに感心したことがあります。そこまでしつこく書かなくてもいいのに、とか、よくそんなに次から次へと理屈を思いつ くな、等。そういう性格の人がそもそも Law School に入るのかもしれません。しかし、クライアントのために情熱をもって、あらゆる手を尽くす、というのは実は各州の弁護士倫理規定に明確に定められた弁護士 の義務でもあります。各州法のモデルとなっている American Bar Association の ABA Model Code of Professional Responsibility (1983) には次のような規定があります。“CANON 7. A Lawyer Should Represent a Client Zealously Within the Bounds of the Law … EC 7-1 The duty of a lawyer, both to his client and to the legal system, is to represent his client zealously within the bounds of the law, which includes Disciplinary Rules and enforceable professional regulations.”(出典:http://www.abanet.org/cpr/mrpc/mcpr.pdf

つまり、 zealously に働かないと、懲罰の対象にもなるのです。アメリカ人の弁護士の働きぶりに不満が出たときは、 “You are not zealous enough.” とでも言えば、相手はビクッとするでしょう。

日本語の部

悪意:
With knowledge; knowingly; in bad faith; maliciously.
法務翻訳では使う言葉にぶれがないので、ゲーム等他の分野の翻訳に比べ楽だ、という感想をこちらの休憩室で述べました。しかしこの言葉は例外です。一般的 には「悪意」と言えば「悪い企み」という意味ですが、法律の世界では、単にある事実を知っていた、という意味で使われることがほとんどです。しかし善悪の 悪の意味で使われることも稀にあるので、要注意です。

斡旋(あっせん):
mediate; facilitate; arrange.同一文書の中で「斡旋」、「仲介」、「取次」などの類似の言葉が使われ、英訳でも使い分ける必要が生ずることがあります。厳密な法律用語として論じられている場合はともかく(その場合は、法曹会編集「似たもの法律用語のちがい」(法曹会発行)の「斡旋」の項などを読むといい でしょう)、悩むのは契約書や定款などのビジネス文書で用いられる場合です。この場合、文書作成者がどのような意図で使い分けているのかを、文脈などから 判断する必要が生じます。なお法務省の辞書検索では「あっせん」に arrange という訳語を充ててますが、私の経験では facilitate という訳語が結構ぴったり当てはまることが多いような気がします。

委託:
outsource; delegate; commission; entrust.
辞書には “consign” という単語がよく載ってますが、業務委託という文脈でアメリカ企業が作成した契約書で “consign” という単語を見たことは私の実務経験では一度もありません。

応当日:
Anniversary.
法務省の辞書検索では「応当日」を「応当する日」として取り上げた上で、 corresponding day と訳してます。しかし、anniversary がぴったりな場合もあります。なお英語の anniversary は、その語源から明らかな通り、年単位でしか使われません。これと異なり日本語の応当日は、翌月の応当日という場合もあり(例えば1月15日の翌月の応当 日は2月15日)、必ずしも1年後、2年後の応当日とは限りません。月単位の場合は、やはり corresponding day を使うのが無難でしょう。なお「応当日」はよく「応答日」と誤記されます。

および:
and; or; nor.
勿論、学校英語的には「および」の訳語は “and” です。しかし、場合によってはorとか、 neither … nor と訳した方がよいこともあります。
「甲および乙は、相手方の事前の書面による承諾を得なければ、相手方の秘密情報を第三者に開示できないものとする。」
“Neither the Licensor nor the Licensee may disclose the confidential information of the other party to any third party without obtaining the prior written approval of the other party.”
日本法令外国語訳データベースシステムの独禁法の翻訳の例を一つ紹介します。
私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律 第八条の四 第一項独占的状態があるときは、公正取引委員会は、第八章第二節に規定する手続に従い、事業者に対し、営業の一部の譲渡その他当該商品又は役務について競争を回 復させるために必要な措置を命ずることができる。ただし、当該措置により、当該事業者につき、その供給する商品若しくは役務の供給に要する費用の著しい上 昇をもたらす程度に事業の規模が縮小し、経理が不健全になり、又は国際競争力の維持が困難になると認められる場合及び当該商品又は役務について競争を回復 するに足りると認められる他の措置が講ぜられる場合は、この限りでない。(1) When a monopolistic situation exists, the Fair Trade Commission may order the relevant entrepreneur, pursuant to the procedures provided for in Section II of Chapter VIII, to transfer a part of its business or to take any other measures necessary to restore competition with respect to the relevant goods or services; provided, however, that this shall not apply to cases where it is found that such measures may, in relation to the said entrepreneur, reduce the scale of business to such an extent that the expenses required for the supply of goods or services which the said entrepreneur supplies will rise sharply, undermine its financial position, or make it difficult to maintain its international competitiveness, or where such alternative measures may be taken that is found sufficient to restore competition with respect to the relevant goods or services.
赤字の部分ですが、日本語原文の「及び」をあえて “or” と訳しています。個人的にはこのやり方に賛成ですが、なかなか勇気がいることです。

確実に~する:
Ensure that ….
「確実に~すること」という言い回しは日本企業の契約書や社内文書ではよく使われます。「確実に」は、文法的には副詞ですが、これを単純に辞書で引くと certainly とか、 steadily、 with reliability、with certainty、などという英語の副詞が掲載されてます。しかし、こういう単語を英文の契約書や社内文書で見ることはまずありません。一方、英文の契 約書や社内書類では、ensure という言葉が非常によく使われます。これを英和辞書で引くと、「確保する」、「確実にする」、「請け合う」、「安全にする」、「保証する」という動詞が訳 語として当てられてます。しかし、実際は、ensure の訳語として、これらの日本語の動詞は今ひとつピンとこないのです。 方や副詞で、方や動詞ですが、実はこの二つはとても相性がよい、というのが私の見立てです。
“Ensure that final agreement is to be made after the client’s requirements are finalized.”
「最終合意を、確実にクライアントの具体的な要件が固まった後に行うこと。」
“The contractor shall ensure that all of its subcontractors conform to the guidelines of the customer.”
「元請業者は、その下請業者全員に、顧客のガイドラインを確実に守らせるものとする。」

業務委託:
Business process outsourcing (BPO)業務委託、外部委託を意味するこのBPOという言葉は、クラウドコンピューティング同様、これからはやりそうですね。私が調べた限りでは紙媒体の辞書(一般辞書のみならずITやその他の専門辞書も含めて)にはまだ載ってません。一方、Wikipedia には項目があります。alc.co.jp の英辞郎 on the WEB 辞書にもあります。更に Google で検索すると、http://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/bpo.htmlという専門サイトがトップに近い順位でヒットします。Wikipedia や alc.co.jp の辞書等のネット上の情報源や、Google の検索結果については、その信頼性に首をかしげる向きも少なくないようですが、これらの情報源なくして生きのいい翻訳はできない、というのが現在のプロの 翻訳者の方々の実感ではないでしょうか。

原被告:
Plaintiff and defendant
通常「原告と被告の双方」を総称して指します。第一審の被告という意味ではありませんので original defendant と訳すと間違いです。

検査合格:
Successful completion of the inspection.
「合格」という日本語は結構便利ですが、そのニュアンスにぴったりの単独の英単語はなかなかありません。例えばよく言われることですが「笑」という漢字 は、見ただけでにやりとしたくなる視覚的なアピールがあります。「合格」という言葉も、この漢字を見ただけで何かいいことがありそう、という気分を醸し出 すパワーがありません?しかし、「合格」の訳語としてよく辞書に出ている accept や pass という単独の英単語には、その字をみただけでほくほくするようなオーラはありません。という訳でほくほく感がある successful 等の単語と組合せると有効です。

現状:
Actual situations.

再契約:
New contract.
漫然と訳していると、これを renewal of contract または renewed contract と訳し、大きな誤解を招くおそれがあります。「再契約」という言葉は結構一般的な言葉ですが、法務文書では、定期借家契約の「再契約」を意味している可能 性があります。
1999年の借地借家法の改正で、定期借家契約が可能となりました。この契約の一番のポイントは契約期間満了時に理由の如何を問わず借家権が完全に消滅し、更新がないことです。但し、当事者が合意すれば再度契約することが可能で、これを一般的に再契約といいます。 一方、 renewal という英語は、契約満期が来たときに、いずれの当事者も何の措置も取らなければ自動更新する場合の「更新」という意味が契約実務では一般的です。
“The term of this agreement shall be for a period of one year and shall be renewed for successive one year periods without further action by the parties.”
「本契約の有効期間は1年間とし、両当事者が特に何の措置も取らない場合は、更に1年間更新され、以後も同様とする。」
従って定期借家契約で「再契約」を renewed contract 等と訳せば、もし借手がアメリカ人だと、自動更新のある通常の契約と誤解する可能性が出てきます。 このような誤解を文言上も避けるため、私は敢えて new contract という訳語を当ててます。

債権:
Claim; receivable; account receivable, credit.債権は、債務と同様、英訳するときに一番神経を使う用語です。文脈に応じて様々に工夫する必要があります。例えば、「特定債権等に関わる事業の規制に関する法律」は、クレジット用語辞典(近代セールス社)ではRegulation for Securitization of Specific Credit

と訳され、財団法人日本証券経済研究所が発行している Securities Market in Japan 2001 では

Law Concerning the Regulation of Business Relating to Specified Claims

と訳されています。書類作成者や文脈によりまちまちです。

事業の譲渡又は譲受:
「譲渡」だけなら迷うことなく
“assignment”
と訳すところです。しかし、「又は譲受」が後に続くと、スマートな訳し方に悩みます。一つの方法は、
assignment of the business to or from others
とすることですが、どうでしょう?いいアイデアあれば教えて下さい。

事件性:
foul play; standing
「事件性」という言葉を時々目にします。これは本来、具体的な争いがないと司法権を発動できないということですが、大きく、二つの文脈で用いられていま す。 一つは、犯罪が絡んでいるかどうかという文脈です。例えば、自宅で死亡した人が発見された場合、自然死であれば事件性はなく、殺人の可能性があれば、事件 性があると言われます。 もう一つは、純粋に民事事件(場合によっては行政事件)の場合において、原告に当事者適格があるかどうか、という文脈で用いられます。例えば、Aさんの自 宅の隣に高層マンションができて、日当たりが悪くなった場合、Aさんはもめごとの当事者ですから、訴訟を起こす当事者適格があります。しかし、そのマン ションから遠く離れた所に住んでいるBさんは、たとえそのマンションが目障りであったとしても、被害を受けているとまでは言えないので、当事者適格がな く、マンション建築業者に対して訴訟を提起することはできません。この場合、Bさんがたとえ争いを起こしたとしても、事件性がないという理由で訴えは却下 されるでしょう。 前者の場合、foul play という言葉が、後者の場合は、 standing という言葉が使えることがあります。
“Deceased man found on downtown sidewalk
A man was found dead on a downtown Eugene sidewalk Thursday, and police found no evidence of foul play.”
「男性が一人、ユージン市内の歩道で死んでいるのが木曜日に発見された。警察は事件性はないと判断した。」
(出典:Publication: The Register-Guard (Eugene, OR); Date: Friday, September 28 2007; Byline: The Register-Guard)

事実関係:
facts.
日本語で普通に言う「事実関係」や「事実問題」の英訳は、facts で十分な場合もあります。

支払う:
Pay; reimburse.
業者が費用を立替え、後日顧客から支払を受ける、というような状況の場合は、 pay よりも reimburseの方がしっくりきます。

社員:
Partner; member.以前、英語がネイティブの方が行った日本法令の英訳を拝見した時に、ほぼ完璧で見事な出来でしたが、「社員」を employee と訳されていて、他人事ながら「惜しいっ!」と思ったことがあります。「社員」というと、普通の日本人でも連想するのは、いわゆる会社員、つまり従業員でしょう。しかし、法令文の場合は意味が異なり、「社団的団体の構成メンバー」を表すときに用いられます。

田島信威著「法令用語ハンドブック」(ぎょうせい)27ページ参照

平たく言えば、株式会社であれば、株主。組合なら、組合員。パートナーシップならパートナーです。ですから会社や組合、パートナーシップから給料をもらう 従業員や団体職員とは立場が逆の、いわばオーナーに該当します。最近のタイムリーな話題ですが、第一生命が相互会社という社団から株式会社に転換しました (2010年4月1日)。これに伴ない多くの「社員」の方々は株式を得て「株主」になりました。決して第一生命の従業員になった訳ではありません。
ということで、この英訳は employee ではなく、 partner や member とすべきです。「日本法令外国語訳データベースシステム」の辞書検索では、 “member” という英語を当ててます。
ただ、ここで混乱させてしまうかもしれませんが、同様に抑えておくべき重要なことは、多くの「社内文書」では、「社員」はあくまでも従業員の意味で用いられるという点です。
例えば多くの会社の就業規則では、従業員のことを「社員」と呼んでます。ちなみに加藤徳夫著「すぐできる!就業規則の作り方」(東洋経済新報社)に掲載さ れている就業規則完成見本には、その第2条第2項に「従業員には、社員と準社員があります。社員とは、雇用期間の定めがなく、通常の勤務をする人です。」 という定めがあります(234ページ)。この場合は当然 employee と訳す必要があります。
また、私はよく、「会社から社員へのメッセージ」という文書の英訳を頼まれることがありますが、この場合も当然 partner や member ではなく、 employee にする必要があります。ただ、この種のメッセージの場合は、 You という呼びかけの言葉を使うこともできます。
ということで、翻訳文書の目的と内容をよく吟味して判断する必要があります。これに限ったことではありませんが、法務翻訳の場合、漫然と訳語を選んでると、思わぬところで躓くことがある、ということです。

従業者:
深く考えずに employee と訳すと、大事なポイントを外す可能性があります。日本語の「従業員」と、英語の employee は一人歩きする言葉です。つまり、いずれも雇用主と被雇用者との間の雇用関係の存在を強く連想させます。一方、「従業者」という言葉はよく見られますが、必ずしも雇用関係の存在を前提としません。多分、企業法務の場で最近一番身近に感じるのは「個人情報保護 法」の中で使われている「従業者」ではないでしょうか。個人情報保護法の中には「従業者」の定義はありませんが、「個人情報の保護に関する法律についての 経済産業分野を対象とするガイドライン」には、「「従業者」とは、個人情報取扱事業者の組織内にあって直接間接に事業者の指揮監督を受けて事業者の業務に 従事している者をいい、雇用関係にある従業員(正社員、契約社員、嘱託社員、パート社員、アルバイト社員等)のみならず、取締役、執行役、理事、監査役、 監事、派遣社員等も含まれる。」とあります。従って、雇用関係がない「取締役」や「派遣社員」も含まれます。単純に employee と訳すと、アメリカ人の弁護士が見た場合、「派遣社員」は対象外だ、と考える可能性はかなりあります。更に、「取締役」、つまり director は米国法では明確に employee に対峙する概念ですから、十中八九、対象外と考えるでしょう。このような事態を避けるには、worker などの一人歩きしない言葉を選んだ方が無難かもしれません。

主張する:
Claim; asset; argue; insist; allege
この中でその意味をしっかりと把握すると法務翻訳に幅が出るのは allege でしょう。名詞形は allegation です。

収支相償:
Keeping the revenue at or below the level of reasonable amount for the reimbursement of the cost.
この言葉は最近初めて目にしました。収益が費用を超えないことらしいです。公益事業関係の用語なので、私も疎かった訳です。英語で定訳があるかと思い調べ ましたが、ありませんでした。これは「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(公益法人認定法)」で導入された考えのようです。早速法務省の 法令検索で調べたら、次の条項(公益認定法第5条第6号)がそれでした。英訳も並記します。
「六 その行う公益目的事業について、当該公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正な費用を償う額を超えないと見込まれるものであること。」
“(vi)  With respect to the business for public interest purposes operated by it, the revenue pertaining to said business for public interest purposes is expected not to exceed the amount compensating the reasonable cost for its operation.”
なんとなく分かりづらい規定です。私の上の試訳もちょっとピントがずれている気がしないでもないです。

受託:
To provide services under contract「委託」同様、「受託」という言葉もよく目にします。一般的な辞書には consignment という訳語が充てられてますし、「受託者」には trustee や fiduciary などという「委任」行為を前提とした訳語も充てられているようです。しかし、私の経験では、「受託」は、特定の業務や作業の受託という文脈で用いられることがほとんどで、何か物を預かって、その管理を託される、というニュ アンスで使われることはほとんどありません。勿論、物流業界に身を置いていれば事情が異なったかもしれませんが。 いずれにしても、業務や作業の受託の場合は、 consign や entrust という言葉を使ってもアメリカ人にはピンとこないと思います。むしろ、説明的に provision of EAP services under contract とか、動詞であれば provide EAP services under contract と表現した方が分かりやすいと思います。 なお「受託開発」という言葉はソフトウェア業界ではよく使われます。これを文字通り entrusted development と訳している例をよく見ますが、アメリカ企業の契約書でこの表現を見たことは一度もありません。 むしろ NRE (non-recurring engineering) という言葉が普通です。

責任:
liability; responsibility
この英語はいずれも「責任」と訳されることが多いですが、前者は、「賠償責任」、後者は「実行責任」、または「担当責任」と捉えてそれなりに区別したほうがよいでしょう。

損賠:
「スギ薬局、きょう損賠提訴」(日本経済新聞2009年2月10日の見出し) 「損害賠償」の略語でしょうが、初めて目にしました。そこで Google で調べたところ、見出し語などの例が山のように出てきます。びっくりしました。これで見る限り、かなり定着しているようですが、しっくり来ません。しか し、意味がほぼつかめることも否定できません。もし英語でいうなら、 Brings a lawsuit seeking damages くらいでしょうが、どう工夫しても、「損倍」並のスペース圧縮力はないですね。表の英訳を頼まれることがよくあります。そのとき一番頭を悩ますのが、原稿の狭い欄の中にきっちり収まっている日本語の略語を英語にする作業です。 「有」、「無」くらいなら、 “yes” や “no” とすればスペースを取らず面倒もないのですが、「翌年」、「旧契約」、「競売申立」等の圧縮度の高い言葉が入っていると、対応する英語を同じスペースに収 めるのは大変です。一度など、「翌々々々年」というのを見たことがあります。「損倍」もこれからお馴染みの略語になるのでしょうか?戦々恐々です。

態様:
日本語の法務文書でよく目にします。しかし、具体的にどういう意味なのでしょうか?特許絡みでは mode とか embodiment 等と訳されるようですね。辞書によっては他に fashion とか manner 等と訳してます。しかし「侵害の態様」にぴったりはまる英訳は何でしょう?いい訳語をご存知の方は教えていただけますか?広辞苑では「ありさま」、「よう す」、「様態」と説明されてます(ところで、最後の「様態」というのはあんまりでは?)。

とき:
法令文で用いられる場合、「とき」と、「時」は意味が違います。ひらがなの「とき」は、仮定を示し、「場合」と同じ意味に使われます。従っ て、 when を使うのは適当ではありません。「時」と書かれている場合は、時点・時刻を指します。この場合は when とすべきです。 このあたりの事情は、大体の法律用語解説の本に入ってますので、ご覧になって下さい。ただ、この使い分けは十分には認識されてないようです。例えば法務省の法令検索でも、「とき」を when と訳している例が沢山見られます。 私は特にクライアントから指定がない限り、「場合」には in the event that を、「とき」には if を使うようにしています。

特定の:
Certain; specified; specific.

取引先:
Supplier; vendor.ほとんどの市販の和英辞書では、基本的に customer を訳語に当ててます。しかし日本企業が社内文書で用いる場合、「取引先」は、いわゆる顧客のみならず、納入業者や合弁会社の相手先等、いろいろな立場の相 手も含むことがあり、漫然とcustomer と訳すのは避けた方がよいでしょう。特に微妙な文書の翻訳では注意が必要です。私が以前勤めていた会社は、顧客は「お客様」、納入業者は「お取引先」と呼 び、明確に区別してました。同じような用語の使い分けをしている日本企業は沢山あります。なお市販の辞書には、 supplier はほとんど載ってませんが、逆に英和辞書でも supplier に「取引先」を載せているのは、私が見る限りありませんでした。私がよく最後に頼る alc.co.jp の英辞郎 on the WEB にも、「取引先」の項で “preferred vendor” という訳語が載っているくらいです。実はGoogle で「取引先」と “supplier” をキーワードで検索すると沢山ヒットし、事情がよく分かります。

等:
「等」、「など」などは日本語の契約書や法律で過剰と思われるほど使われます。etc. を単純にその訳語に当てる例をよく見ます。これもいろいろと工夫できます。 including, but not limited to, … は、非限定列挙であることを示す代表的な英語です。and so forth や and so on も使えます。among others という表現も「等」の意味を出せる場合があります。この表現のいいところは動詞や副詞句等、名詞以外にも使えることです。 including や etc. は直接動詞や副詞句に添えることはできません。(例) 「甲と乙は協議の上、対価の見直し等を行うものとする。」“The Licensor and the Licensee shall, among others, review the fees through discussions by and between themselves.”

(次の例は不可)

“The Licensor and the Licensee shall review, etc. the fees through discussions by and between themselves.”

「乙は基本契約の変更等により当該価格を変更しようとする場合は、あらかじめ甲の同意を要するものとする。」

“In the event that the Contractor intends to make any change in such price due, among others, to a change in the Basic Agreement, it shall obtain the prior consent of the Customer.”

(次の例は微妙)

“In the event that the Contractor intends to make any change in such price including due to a change in the Basic Agreement, it shall obtain the prior consent of the Customer.”

この例のような including due to という表現を私は実際にお目にかかったことはありませんが、Google で検索すると結構な数がヒットします。これは許容されているのかもしれませんが、私は使いません。

日本語の「等」の使い方で一つ特徴的なのは、種類の違いものをいくつか列挙して、それをその中の代表的な言葉に「等」をつけて定義するケースです。

例えば、「従業員、パートタイム、嘱託、契約社員および派遣社員(以下「従業員等」という)」という表現です。こういう場合は機械的に Employees, etc. とするよりは、 Qualified Employees と訳す方法もあります。

被害者:
victim
辞書には sufferer や aggrieved party または injured partyという訳語がよく載ってますが、特に不法行為の被害者の場合は、アメリカでは通常 victim を用います。

費:
Fee; consideration.「費用」の訳語はどの辞書を見ても、cost か expense です。しかし「○○費」等の用語を使った契約書の英訳には注意を要します。例えば、半導体の需要客が半導体メーカーに対して特定の半導体の開発を委託し、製品化 されればそれを当該メーカーから購入するという取引は、特にASIC(特定の用途向けに複数機能の回路を1つにまとめた集積回路)の場合、普通に行われま す。この時、その契約書に、「甲は開発費として3,000万円を乙に対して支払う」という表現がよく見られます。これを単純に “The Customer (これが需要客です)shall pay the development cost of ¥30,000,000 to the Manufacturer (こちらが半導体メーカー).” と訳すと、アメリカ人が読んだ時、誤解する可能性があります。Cost というのは、その費用を負担する人から見たときの呼び方です。例えば半導体メーカーは、半導体製品を製造するのに、あらゆる費用や経費を負担します。原料費や、人件費、工場や事務所の家賃・維持費、税金、運搬費、保険料等々が cost として認識されます。

しかし、製品が完成して、一個1,000円という価格を設定すれば、その1,000円は販売価格であり、もはや cost として捉えるべきものではありません。それにはメーカーの利益が乗っているでしょうし、場合によっては原価割れしている可能性もあります。そのあたりの事 情は、購入客には関係のないことです。

さて上の例の開発契約を見ると、この30,000,000円というのは、明らかにメーカーが開発に要した実際の cost ではありません。何らかの利益が乗っているでしょう。逆に、将来の量産品のビジネスを期待して、赤字覚悟の数字を出している可能性も強いです。従って、こ れを cost と呼ぶことは、実は違和感があります。 ただ、日本語契約の中で何故違和感がないのでしょう。確かに、需要客の側から見れば、まさにこれは第三者にそっくり支払う金額であり、開発費用に計上され るべきものです。需要客の側から見れば、まさにこれは第三者にそっくり支払う金額であり、開発費用に計上されるべきものであり、需要客の視点(それとも目 線?)で「開発費」とそのまま契約書でも使用し、メーカー側も特に問題視する程のことでもないので、受け入れているというのが現状でしょう。

しかし、日本の商慣行に詳しくないアメリカ人が訳文の中の cost という言葉を読めば、本来ある違和感を強く感じると思います。おそらく「cost が30,000,000円なら(そもそも cost が切りのいい数字に収まっているのは不思議だが)、profit はいくらもらえるのだ。あと、cost というからには、多分これは原料供給業者など、メーカーが第三者に支払った金額だから、メーカーの社内の一般管理費(general administarive expense)はどうするのだ」という疑問が生ずるのではと思います。これは全て無駄な頭の体操で、cost を fee とか consideration とかに置き換えれば済む話しです。

ということで、私はこの様な場合、実際にそれがメーカーの cost ではなく、対価に該当する金額であることを確認した上で、fee とか consideration とかにしています。場合によっては、

“In consideration of the development services provided by the Manufacturer, the Customer shall pay ¥30,000,000 to the Manufacturer.”

と訳して、fee とか consideration を支払う、という表現を避けてもよいかもしれません。

考えてみれば、皆さんがスポーツジムに通われたり、お子様を塾に通わせたりする場合も、支払うお金は「会費」とか「諸経費」と呼ばれてませんか?事情は同 じかもしれません。ネットでアメリカのスポーツジムの案内を見ると、お客が支払うお金は大体 membership fee、 entry fee 等と呼ばれてます。

複数形:
日本語には特に複数形がありません。従って、英語原文を反映する上で特に複数であることを強調したい場合は、工夫が必要です。例えば parties は、当事者が二人の場合は「両当事者」とすれば十分ですが、三人以上いる場合は、「当事者ら」などと工夫しなければなりません。また「各会社」のように 「各」を頭につける方法も有効です。学校英語では「各」は each や every と訳しますので単数を指すと思われがちですが、文脈によっては対象が一つではなく複数あることを表すのに便利です。複数であることが特に重要である場合は、私は遠慮なく「複数の当事者」と訳します。

不合格品:
不合格品を、合格品の逆だから、accepted の逆の言葉を使って unaccepted product にしようかどうしよう、と悩むよりは、ストレートに rejected product とした方が楽です。実際、英文契約では、検査にはねられた製品は普通に rejected product といいます。

本来:
Otherwise.
「本来」の訳語として辞書が otherwise を掲載することは稀です。逆も同じです。しかし、これが意外にうまくフィットする場面があります。
“The Agent shall remain entitled to the contingent fees that otherwise would be payable for the period of 12 months from the date of termination.”
「本代理人は解除日から12ヶ月の期間中に本来発生するはずの成功報酬に対して、引き続き権利を持つものとする。」

ものとする:
Shall …
阿部隆彦著『法令用語・契約用語の読み方・使い方』(清文社、1994年)の142ページに次のようなくだりがあります。
契約書の実例、あるいは、私に案文作成を依頼されるときに示される原案を見ると、一種の口ぐせのごとく、各条 の文末をほとんど全部、「……ものとする」で結んでいるものに、少なからずお目にかかる。「弁済するものとする」「日割計算によるものとする」 (略) 「協議するものとする」……といった調子である。こういうのは、たいてい、「ものとする」をそっくり取り除いても意味が変わらない。毒にも薬にもなら ない文句である。」 (略) 私はなるべく、無用の「ものとする」は削るようにしている。
皆さんどう思われます。私もその趣旨にはほぼ賛成なのですが、英文契約の shall は、全て「ものとする」と訳すようにしています。その理由は次の通りです。
英文契約ではほとんどの動詞は shall を伴って
“The Contractor shall deliver the Product at the place of delivery on or before March 17, 2010.”
の様に書かれます。しかし、時々 shall を伴わず現在形で書かれることがあります。典型的な例を挙げますと:
“The Licensor hereby grants to the Licensee a nonexclusive and nontransferable license to use this Software on a single computer.”
これは「許諾する」と訳すべきでしょう。これは、将来許諾することを、今、約束している訳ではありません。この契約を締結した時に、「許諾する」のです。 言い換えれば、この許諾行為は契約時に瞬間的に行われ、以後は「許諾された状態」が続くことになります。では次の例文はどう訳せばよいでしょう?
“The Director shall grant such permits only when the purposes of this Ordinance will be served thereby.”
これは条例の目的が「将来」満たされれば、その「将来の時点で」許可を許諾する「ものとする」という意味でしょう。この契約を締結した現時点で「許諾す る」訳ではありません。もしこの「ものとする」を単に「する」としてしまうと、 shall を伴う場合の grantと、現在形の grants の使い分けが訳文上できなくなってしまいます。こういう理由で私はあえて shall の場合は一律「ものとする」を当ててます。
現在形で表現される他の例を少し挙げておきます:
“The Seller gives no warranty as to the fitness of the goods for any particular purpose.” “The Company hereby appoints the Trustee as its agent for all such purposes.” “The Owner hereby assigns its rights and obligations under the Agreement to the Subsidiary.”

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