Home

会社概要

業務案内

Kai 6 意味を丸めてる?

2013年3月31日

アメリカ人の弁護士は、人にリンゴをあげるときに、こう言うそうです:

「私はここに貴方に対して、このリンゴ(以下「本リンゴ」という)に対する全ての権利、権原、および権益を永久にかつ撤回不能の形で、かつ何らの抵当権、担保権、質権その他の負担も伴うことなく、譲渡、移転および移譲するものであり、これには本リンゴを噛む権利(本来の歯をもってするか、義歯をもってするか、または一切歯を用いずに行うかを問わない)、本リンゴを第三者に譲渡する権利、およびこれを処分する権利を含み、かつ本リンゴの皮を剥く権利(いずれの道具(現時点で存在するもの、および将来考案されるもの全てを含む)をもってするかを問わない)を含むがこれらに限定されない。なお、疑義を避けるために補足すると、本リンゴにはその芯を含む。」

勿論冗談ですが。

この話しは、私が Duke に留学してたある日、学内紙 Chronicle に載った漫画からヒントを得てます。この漫画は Norman というタイトルで、同じ年に Law School で学んでいた学生が作者でした。Law School の学生を主人公にした、ウイットのある漫画で、画風も洒落たものでした。漫画のタイトルと、その日の漫画のポイントだけは覚えているのですが、残念ながら作者の名前を失念しました。もし調べがついたらご報告します。できればその漫画も掲載したいところですが、これは無理かもしれませんね。

しかし、日本の契約であっさりと書かれていることが、英文契約では細に入り微に入り、しつこく書かれるのは事実です。それを日本語に翻訳するときに、「このリンゴあげるよ」のように意味を丸めていいものでしょうか?日本語ではこんなに細かく言わないよ、という理由で。

私なりの考えをまとめましたので、ご興味のある方はこちらへどうぞ。

契約書に使われる英語は、確かに重複が多く、日本語の語彙が追いつかないことがあります。

例文A:
“Kai Corporation shall not, under any circumstances, be liable to Tai Inc. for any indirect, special, consequential, incidental, punitive or exemplary damages arising out of the sale of the Products, regardless of whether arising under breach of contract, warranty, tort, strict liability or any other legal theory or claim, even if Kai Corporation has been advised of the possibility of such loss or damage.”

いわゆる間接損害や派生的損害の免責条項です。この中で、punitive と exemplary が並記されてますが、こらはどちらも「懲罰的損害」としか訳しようがありません。従って、私はいつもまとめて「懲罰的損害」と「丸める」ことにしてます。

例文B:
“Each party shall commence any action, suit or proceeding relating to this Agreement only in such court.”

「各当事者は、本契約に関連する訴訟または手続の提起は、当該裁判所においてのみ行うものとする」という意味ですが、 action と suit は、どちらも訴訟と訳すしかないので、こうやって丸めます。

例文C:
“In addition to all other remedies at law or in equity, the Licensor shall have the right to …”

これは「相対翻訳」と「絶対翻訳」のコーナーで出した例文です。「コモン・ロー上または衡平法上認められる他の全ての救済に加えて、本ライセンサーは・・・を行える権利を有するものとする。」という訳文を載せました。

ところで、原文が英語の契約書を日本語に訳して、それを正文にし、準拠法も日本法とすることは、ままあります。この場合、「コモン・ロー上または衡平法上認められる」と書いても、日本法にはコモンローも衡平法も関係ないので無意味ですし、いらぬ混乱を招きかねません。こういう場合、私はクライアントに事情を説明し、「単純に『法律上認められる』と直した方がよいと思いますが、いかがでしょう?」と提案することにしています。これもある意味、「丸める」の例ですね。

例文D:
“The Company reserves the right to conduct searches when the Company has reason to believe that any person is in possession of a weapon of any kind.”

武器所持の疑いがある場合は、会社は身体検査ができる旨の規定です。米国企業の就業規則

多くの場合は日本の様な就業規則ではなく、 Policy という形を取りますが。

には、この様な武器の持込や、麻薬の使用に備えた規定が載ることがあります。日本の子会社の就業規則等に反映させるため、米国の親会社がその Policy を和訳することはよくあります。しかし、就業規則に武器持込や麻薬に関する規則を入れることは日本ではまず考えられません。従業員が怖がってしまうでしょう。従って、翻訳は不要では、と私ならクライアントに提案します。これは「丸める」例の究極の発展形と言えましょうか。

次に、「丸める」と、支障が出てくる例を挙げてみましょう。

例文は全て、インターネット上で公開されている情報から引用しました。(出典)をクリックすると当該ページに飛びます。引用した文章以外の文章も合わせて読めば、英文の法務文書の細かさをより堪能できると思います。

例文E:
“If the Lender makes, or intends to make, a claim under Clause 9.2.1 above, it must promptly notify the Borrower of the event which will give, or has given, rise to the claim.”
(出典)

丸めた翻訳:
貸手が前第9.2.1項に基づく請求を行うときは、速やかに借手に対して、当該請求の原因となる事態を通知するものとする。
丸めない翻訳:
貸手が前第9.2.1項に基づく請求を行うか、行う意思があるときは、速やかに借手に対して、当該請求の原因となり得る事態、または既に原因となっている事態を通知するものとする。

日本語の法務文書なら、「丸めた翻訳」の様な記述で違和感はありません。しかし、英語の場合は、実際に請求を行った場合に通知を義務づけるのに留まらず、単に請求の意思を持った時点でも通知を義務づけることはよくあります。従って、 makes, or intends to make, a claimのように明確に分ける構造が意図的に行られてます。翻訳のときもこの構造を温存することが必要です。

例文F:
“For purposes of this Agreement, the term “Confidential Information” means any confidential or proprietary information whether provided in writing or orally to [the Prospective Seller] 

実はこの例文の[  ]の中の赤字の部分は、原文では抜けていたので、私が足しました。このように必ずしも原文が完璧にできているとは限りませんので、常に注意が必要です。

by or on behalf of UCR or to UCR by or on behalf of the Prospective Seller.”


(出典 )

丸めた翻訳:
本契約において、「本機密情報」とは、UCRが本件売手予定者に文書もしくは口頭で提供したものか、本件売手予定者がUCRに提供したあらゆる機密または財産的情報をいう。
丸めない翻訳:
本契約において、「本機密情報」とは、文書か口頭かを問わず、UCRもしくはその代理人が本件売手予定者に提供したか、または本件売手予定者もしくはその代理人がUCRに提供した、あらゆる機密または財産的情報をいう。

「丸めた翻訳」は、 by or on behalf of の “on behalf of” を省略というか無視してますね。このこざっぱりとした英語は、provided by UCR or provided on behalf of UCR を短くしたものです。ab + ac = a(b+c) という因数分解を連想しませんか?そして provided on behalf of UCR は、そのまま訳せば「UCRに代わって提供された」となります。しかし、「UCRにより提出された、もしくはUCRに代わって提供された」とすると、ちょっと長いですよね。「丸めない翻訳」にはなりますが。よく考えてみると、この文章の実体は「UCRが提供したか、UCRではない他の人がUCRに代わって提供した」ということです。だったら、「UCRではない他の人がUCRに代わって提供した」を「UCRの代理人が提供した」と訳せばかなり短くなりますし、実体を変に歪めたりもしないと思いますが、いかがでしょう。いずれにしても、英語は、UCR本人が提供した情報と、その代理人が提供した情報にちゃんと分けてますし、それが大事なポイントになってます。ですから日本語でも何らかの形で分けて訳し出す必要があります。丸めるのは no good です。

例文G:
“Either of us may terminate this Agreement immediately if the other party … assigns or attempts to assign this Agreement or any rights hereunder to a third party except as permitted by this Agreement.”
(出典

丸めた翻訳:
各当事者は、相手方当事者が本契約または本契約に基づく権利を第三者に譲渡したときは、直ちに本契約を解除できるものとする。但し、本契約で許されている場合はこの限りではない。
丸めない翻訳:
各当事者は、相手方当事者が本契約または本契約に基づく権利を第三者に譲渡するか、当該譲渡を試みたときは、直ちに本契約を解除できるものとする。但し、本契約で許されている場合はこの限りではない。

英語原文では、譲渡行為を行った場合は勿論のこと、それを試みただけでも、相手方当事者は契約を解除できると明記しています。丸めた翻訳では、この「試みた場合」が抜けています。相手が、譲渡を念頭において他の当事者と接触しただけでも契約解除権を発動するのが原文の意図です。この「試み」というポイントを外すことは大きな誤訳になります。

例文H:
“Seller hereby grants Buyer a worldwide, non-exclusive, non-transferable royalty-free license to duplicate and redistribute all or any part of the End User Documentation and Service Documentation and to make, have made and distribute derivative works based on such End User Documentation and Service Documentation for use in connection with the sale, use, installation, repair and maintenance of the Products.”
(出典)

丸めた翻訳:
売主はここに買主に対して、本製品の販売、使用、据付、修理および保守に関連して、本エンドユーザー・ドキュメンテーションおよび本サービス・ドキュメンテーションの全部または一部の複製および再頒布、ならびに当該本エンドユーザー・ドキュメンテーションおよび本サービス・ドキュメンテーションに基づく派生物の制作および頒布を行える、全世界対象、非独占、譲渡不能、無償のライセンスを許諾する。
丸めない翻訳:
売主はここに買主に対して、本製品の販売、使用、据付、修理および保守に関連して、本エンドユーザー・ドキュメンテーションおよび本サービス・ドキュメンテーションの全部または一部の複製および再頒布、ならびに当該本エンドユーザー・ドキュメンテーションおよび本サービス・ドキュメンテーションに基づく派生物の制作、制作委託および頒布を行える、全世界対象、非独占、譲渡不能、無償のライセンスを許諾する。

原文の have made とは、自分で行わず、他人に行わせることを言います。この様な have と組み合わせた表現はとても便利です。他にも、 have manufactured (製造委託)、 have sold (販売委託)、have developed (開発委託)等の表現を契約書で見ることができます。通常は、manufacture and have manufactured や sell and have sold、 develop and have developed 等の組合せで使われます。語句の前後にダブルクォーテーションマーク(”)をつけGoogle で検索すると、いくらでもヒットします。

この have は現在完了形の have ではなく、 I had my hair cut と同じ使役の have です。

いずれにしても、大事なポイントは、当該本人の行為のみならず、他人に行わせた委託行為も対象にしていることです。従って、これはちゃんと訳し出さないと大きな誤訳になります。上の「丸める翻訳」の例では、 have made を見逃したのか、または意味が分からず単にはしょったのか、全く訳し出されていません。

例文I:
“The Company will not tolerate any activity that violates, or appears to violate, any laws, rules or regulations applicable to the Company.”
(出典)

丸めた翻訳:
会社は、会社に適用がある法律、規則または規制に違反する活動は許容しないものとする。
丸めない翻訳:
会社は、会社に適用がある法律、規則または規制に違反する活動、または違反している様に見える活動は許容しないものとする。

原文では、会社が許容しないのは、実際の違反行為だけではありません。本当は違反行為ではないが、その様に見える行為も禁止されていることは明白です。「丸めた翻訳」は、これを「違反する活動」に丸めてしまっているので、この後者のケースは完全に消えてしまってます。この、 “or appears to” や、これと同じ意味を持たせた “has the appearance of” という語句は、対象行為そのものの禁止だけではなく、その行為があったと受け取られかねない行為についても触れる場合に、非常に良く使われます。

特に企業の倫理規定等。 Google で “or appears to” と “code of conduct” のAND 検索をすると無数の例がヒットします。

正に「李下に冠を正さず」という精神を明確に宣言している訳ですから、丸めてはいけないのです。

«

»

ページの先頭へ