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kai 1 森の中のコンパス・・・英語力と法務力

2013年3月26日

法務翻訳の作業は暗く深い森の中を駆け抜けていくようなものです。それも下り坂を。
ころぶことなく目的地に無事達するには、道案内の強力なコンパスが必要です。
それが語学力(当社の場合は英語力)と法務力です。

英語力なしに和訳・英訳がこなせないのは言うまでもありません。しかし、英語力だけでは、あるレベルを超えた法務翻訳は難しいと思います。

法務翻訳に限らず、どのような翻訳でも原文には曖昧さが出ます。結果的に誤訳となった場合、翻訳者としては、原文が曖昧なことと、自分が学校英語的メソッドを踏襲していることを訴え、責任を回避したいところでしょう。

しかし他の分野の翻訳はともかく、法務翻訳では、学校英語をなぞって良しとする「相対的な翻訳」では不十分であり、ビジネスとして十分な価値を生むことはできません。

必要なのは、これに法務力を加えた「絶対的な翻訳」です。少しオーバーな表現で気が引けますが他にインパクトがある言葉が思い浮かびませんので、これを使わせてもらいます。

「相対翻訳」とか「絶対翻訳」など、表現が堅すぎて分かりづらいでしょう。具体的な例を挙げて、もう少し詳しく説明してみます。ご興味のある方は、こちらにどうぞ。

早速質問ですが「代表権を有する取締役および監査役を除く。」を英訳するとどうなるでしょう。

訳文A: “Directors and auditors who have the authority of representation shall be excluded.”

よさそうですね。いかがですか?

学校英語を踏襲した英訳として全く間違いとはいいきれません。しかし法務翻訳としては致命的な間違いがあります。実は、日本の会社法では、取締役には代表権が与えられますが、監査役は代表権を持ちません。これは会社法務に携わる人にとっては常識です。ですから、この訳文は次のように直す必要があります。

訳文B:“Directors who have the authority of representation and auditors shall be excluded.”

訳文Bを正しく導いたコンパスは法務力でした。

契約書の英語としては、これでよいと思いますが、純粋な英語としては、むしろ “Directors who have the authority of representation shall be excluded, as shall auditors.” のほうがより誤解がないかもしれません。なぜなら、もとのままだと、”Directors who have auditors” という読み方も理屈として可能だからです。

次の場合はどうでしょう?

原文:「過去1年以内に就任した取締役および監査役を除く。」

訳文C: “Directors and auditors who assumed their positions within the last one (1) year shall be excluded.”

訳文D: “Directors who assumed their positions within the last one (1) year and auditors shall be excluded.”

これはC、Dどちらが正しいのか、この原文を見ただけでは直ちには分かりません。先ほどの例のような法務的な理由でこちらしかない、という事情もありません。前後の文脈を見て判断するしかないでしょう。この例では法務力は決定的なコンパスとしての役割は果たしていません。なお細かい話しですが、訳文Cは英語としてやや曖昧さを残してます。というのも、auditors の後の “who assumed their office …” が auditors だけにかかるのか、その前の directors にも及ぶのか、必ずしも明確ではないからです。従ってこれが原文として与えられた場合は、この点に気をつけてじっくりと前後の文脈を見る必要があります。

もう一つ別のタイプの法務力の例を見てみましょう。

金融庁のホームページに掲載されている保険業法の翻訳からの引用です。

保険業法第2条
19 この法律において「生命保険募集人」とは、生命保険会社(外国生命保険会社等を含む。以下この項において同じ。)の役員(代表権を有する役員並びに監査役及び監査委員会の委員(以下「監査委員」という。)を除く。以下この条において同じ。)若しくは使用人若しくはこれらの者の使用人又は生命保険会社の委託を受けた者(法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めのあるものを含む。)若しくはその者の役員若しくは使用人で、その生命保険会社のために保険契約の締結の代理又は媒介を行うものをいう。

(19) The term “Life Insurance Solicitor” as used in this Act means the officers (excluding officers with authority of representation and company auditors and members of audit committees (hereinafter referred to as “Audit Committee Members”); hereinafter the same shall apply in this Article) or employees of a Life Insurance Company (including Foreign Life Insurance Companies, etc.; hereinafter the same shall apply in this paragraph) or their employees or a person who has been entrusted by a Life Insurance Company (including an association or foundation that is not a juridical person and has provisions on representative persons or administrators) or their officers or employees that act as an agent or intermediary for conclusion of an insurance contract on behalf of the Life Insurance Company.

お気づきの通り、最初の文例はこの条文からヒントを得たものです。 この実際の法律の例では原文は「代表権を有する役員並びに監査役及び監査委員会の委員(以下「監査委員」という。)を除く。」となってます。さて、先ほどは、監査役は代表権を持たない、という知識を持たず漫然と訳したために訳文Aという誤訳が生じました。今回の実例では、その知識が欠けていたとしても、別の法務力で正しい英訳が導かれる可能性が残されてます。それは何でしょう?

「並びに」と「及び」という接続詞がその鍵です。

いずれも日常会話ではあまり使わない堅い言葉ですね。
文書に使う場合も、多くの人はあまり区別してないのではないでしょうか。しかし、法律の世界ではこの二つは明確に区別されます。簡単にいうと、「及び」は基本的な接続詞であり、「並びに」は、及びで接続されたあるグループと、他のグループを接続するときに使われます。

例えば買物リストなら「リンゴ、ミカン及びイチゴ並びに石鹸」とするのが正しい書き方です。「リンゴ、ミカン及びイチゴ並びに石鹸、シャンプー及びリンス」でもOKです。

つまり「並びに」はより大きな群れをつなげる接続語だと思えばいい訳です。
従って「今日は安いリンゴ、ミカン及びイチゴ並びに石鹸を買ってきて」、と言われたら、リンゴとミカン、イチゴは安いものを買わなくてはいけませんが、石鹸は高級品を買ってもいい訳です。

さて保険業法の例に戻りましょう。「代表権を有する役員並びに監査役及び監査委員会の委員」とありますね。上に説明したルールに従えば「並びに」が分けているのは「代表権を有する役員」と「監査役及び監査委員会の委員」ですから、代表権が修飾しているのは「役員」だけであり、監査役及び監査委員会の委員には及ばないことが分かります。

この「並びに」と「及び」の意味の使い分けも法務力の一つと言っていいでしょう。

いずれにしても、法律の条文はともかく、契約書などの法務文書の原稿は必ずしも全てが明確に書かれているわけではありません。明確さと不明確さの「むら」をきちっと見分けて、ひるまず、どんどん前に進んでいかないと、法務翻訳をビジネスとしてこなすのはとても難しいというのが私の率直な感想です。その時、「英語力」だけでは不十分です。「法務力」が備わって強力なコンパスが手に入るのです。

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