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自動翻訳

2014年5月27日

今朝(2014年5月27日)の日経に、『自動翻訳 精度高く』という記事がありました。NTTが専門的な文書を高精度で自動翻訳する技術を開発したという内容です。

いろいろと気になるポイントがある記事でした。

とても全部については語れませんが、一つ、二つほどコメントしてみます。

冒頭の要約に「各文章の構文を解析し、単語の対訳と照らし合わせることで、自然な日本語に翻訳する」とあります。まず、これについてコメントします。

他の専門文書の事情は知りませんが、法務翻訳の場合は、何と言っても「自然な文章」よりは「正確な文章」の方が大事です。

英文契約でよく拝見する文章で、 “which consent shall not be unreasonably withheld” という念のため規定があります。普通「当該同意は合理的な理由なく留保されないものとする」と訳します。

正直言って、この日本語は不自然です。法務関係者でない一般の日本人でしたら、そもそもこの「日本語」の意味が分からないのではないでしょうか?

昔、とある会社から契約書の和訳を頼まれた時に、原文の英語にこの文章がありました。この定番の訳文を納入したところ、しばらくして、担当者の方から電話がありました。その会社は法務担当者を置くほどの規模の会社ではなく、この方は確か営業担当だったと思います。

「当該同意は合理的な理由なく留保されないものとする」の意味が分からないので、教えて欲しいということです。

そこでその意味と背景をお教えしたのですが、しばらく沈黙した後に、「別になくてもいいですよね?」とおっしゃいました。私としては「ちょっと、それは困ります」みたいなことを言うしかなかったのですが。

ただ、その方の思いはよく分かりました。つまり、こんな文章はそれまで見たことがなかったのでしょう。翻訳発注担当者として、その意味を上司に説明できる自信が持てなかったのだと思います。

この念のため規定が言いたいことは次の様なことです。

『乙は○○○○について、甲の同意を得るものとする。その同意がない限り、乙は○○○○してはならない。但し、よほどの問題がない限り甲はその同意を与える。理不尽な理由で同意を留保して乙の業務を阻害したり、同意を出すことを条件に、不利な条件を乙に強制することは許されない』

いわば当たり前のことで、日本の契約書ではほとんど見ません。

日本では、民法が「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」という信義誠実義務を定めてます(民法第1条2項)。契約書の中でも、冒頭の条項で、信義誠実義務の定めを置くことが多いです。従って、個々の条項で「合理的な理由なく○○しない」といちいち書く必要はありません。

しかしアメリカでは、契約書の中に書かれたことが全てという、いわゆる parol evidence rule(口頭証拠排除法則) (契約書の中では、“Entire Agreement” という条項がこの原則を反映しています)が基本ですので、注意深い弁護士は、個々の条項でしつこく書きます。

(ここで注意すべきは、「当該同意は合理的な理由なく留保されることがある」という、全く逆の趣旨の規定も稀に見かけることです。英文契約翻訳者にとってこれはとても大事なことです。 “which consent” や “unreasonably” や “withheld” という単語だけを目にして「例の非合理的な理由なく留保しない」という文章だな、と早とちりする危険があります。私は、これらの単語が出てきた時は、必ず、 “shall not be unreasonably withheld” か “may unreasonably be withheld” か、どっちなのか、しつこく確認するようにしてます。99%の確立で前者なのですが、手を抜くわけにはいきません。)

上に述べた通り、英文契約を和訳すると、多くの日本語は「不自然」になります。しかし、これは仕方のないことです。

それが「不自然」だから、「上司も理解できない」だろうから、「自然」な日本語に直すということは本末転倒です。

ちょっと長くなりますが、この関連でもう一つ思い出したことがあります。

私は他社翻訳のチェック作業は原則引き受けませんが、時々お得意さんから頼まれてチェックすることがあります。

あるとき、上司がアメリカ人の秘書の方(日本人)が日本語に訳した契約書をチェックしたことがあります。

一見すると、自然な日本語で、分かりやすく、いいような気がしました。しかし、原文と照らし合わせると、問題が分かりました。

この方は、例えば “If Consultant assigns or attempts to assign this Agreement without Client’s express prior written consent, this Agreement shall terminate immediately.” というような表現があると、これを全て「コンサルタントが本契約を譲渡する場合」と訳してました。これは英語原文の意図のうち、無視できない部分を落とすことになります。

原文の趣旨は、Consultantが契約を譲渡したら契約を解除するということですが、 “or attempts to assign” という部分は、「実際の譲渡行為のみならず、譲渡行為に至っていない準備段階の行為」でも契約違反を問う、という強い意図が示されています。つまり、契約を譲渡しようと思って Client に内緒で第三者に打診するだけでも、 Client は契約解除権を得る訳です。

上の訳では、この「準備行為も許さない」という強い意図が消えてしまってます。

これはやはり「コンサルタントが本契約を譲渡するか、本契約の譲渡を試みた場合」と訳すべきです。

「譲渡を試みた場合」等という表現は冗長だし、「譲渡」だけで十分だ。その方が日本語として自然だ、という判断だったのかもしれません。それとも、あまりにもそのような表現が多くて、翻訳作業が煩雑になるので、思い切って省略したのかもしれません。

(この “assigns or attempts to assign” を “assign” にしたり、 “work done by or for the Contractor” の “for” を無視して、「コントラクターが行った作業」と訳したりすることを、私は「丸める」と呼んでます。これについては、別途記事を書いてますのでご参照下さい:https://kaicorp.com/knowhow/45.html)

話を元に戻すと、このNTTの自動翻訳は、いろいろな複雑なプレセスを経て訳文を練りあげるのだと思いますが、最後に「日本語を自然にする」というところが肝のような気がします。その時、どういう根拠で「自然さ」を判定するのか、とても興味があります。

もう一つコメントしたい点があったのですが、時間もないので、またの機会に。

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