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AI翻訳がチャレンジすべきこと

2024年1月16日

引き続きAI翻訳について。

代表的なAI翻訳は DeepL があり、今では ChatGPT もAI翻訳とみなしていいでしょう。これらを念頭に置いて以下述べることとします。

契約書は書かれたことが直接当事者の権利義務につながりますので、翻訳の中でも一番気を使わなければならないのは言うまでもありません。

私自身は企業法務で契約実務に携わり、その後、25年以上法務翻訳(英日・日英)を専業にしてきました。ここ数年はクライアントからAI翻訳のチェックを頼まれたり、自分でも試しに使ったりしてます。そして現時点での限界も見えてきました。

一つはコンテクストの理解不足による翻訳のゆらぎです。既に述べたように日本の会社法では監査役には代表権はありませんが、他の国ではそうではない可能性もあります。となれば正確な翻訳を行うには、その文書の対象国がどこかを把握した上で、その国の法律の知識をシステムに搭載する必要があります。

もう少し狭く対象を契約書の中に絞っても、例えば Contractor と contractor という用語が混在するとしましょう。前者はおそらく定義語ですから「本件請負業者」とか、場合によっては「乙」などと訳す必要があり、後者はおそらく普通名詞として使われているでしょうから「請負業者」または場合によっては「下請業者」と訳す必要があります。これは契約書の意図を全体として捉えないと訳し分けることはできません。

もう一つ、よりやっかいな問題は契約書に間違いが混じるということです。

企業法務で契約書の作成や交渉に携わっている方でしたら十分身に覚えがあることと思いますが、契約書は完璧ではありません。タイプミスや、やっつけ仕事によるポカミスはよくあります。

英文契約に慣れてない日本企業の場合、アメリカの企業や法律事務所から英文契約を受け取ると、それが完璧なものと信じ込む傾向があります。しかし米国人とて同じ人間ですからミスはあります。私自身、何度も遭遇しました。

タイプミスであれば、例えば “of” と “if” の間違いはよくあります。”o” と “i” のキーが隣り合わせ、ということでまずケアレスミスとして発生します。どちらも正しい単語ですのでスペルチェックでも引っかかりません。もし “of” を “pf” とミスタイプすれば当然スペルチェックでハイライトされますが、 “if” なら堂々とすり抜けてしまいます。

他によくあるミスは “i.e.” と “e.g.” の取り違えです。これが驚くほど多いです。我々日本人は外国語として最初に出会いますので、”i.e.” は “id est” のこと、つまり「つまり」という意味。 “e.g.” は “exampli gratia” 、つまり「例えば」という意味と一度「フルスペルアウト」して覚えます。しかしネイティブの方々は “id est” や “exampli gratia”と置き換えて覚えることがないのでしょうか。往々にして取り違えてしまうようです。エリート弁護士でもです。

ちょっと毛色が異なるミスが、切り貼りによるミスです。

例えば  “Owner” と “Contractor” が当事者として表記される契約を作成するとします。往々にしてできあいの雛形を最初のドラフトとして使いますが、作成の過程または相手方との交渉の過程で追加条項を入れる必要が出ることがあります。その場合、ドラフト作成担当者は他の契約書から望みの条項を持ってくることがよくあります。

私がペイペイの法務部員だった頃は、これはまさにハサミとのりを使った切り貼り作業でした。元の契約書ドラフトに他の契約書から切って取り出した該当条項を貼り、それをタイピストに渡して「清書」してもらったものです。

この時、他の契約書が例えばライセンス契約であれば、その当事者は “Licensor” と”Licensee” として表記されてますので、これを注意深く直さないと、清書された契約書に “Owner” と “Contractor” 、そして “Licensor” と”Licensee” が混在することになります。そういう契約書をこれまで嫌というほど見てきました。典型的な例は「法令遵守」や「輸出規制」条項でしたが。

これらのミスは、経験豊富な担当者または翻訳者であればすぐ見抜くことができ、その間違いが発生した経緯も容易に想像できます。

私はこれらの原稿のゆらぎの問題やミスは全て成果物納品時にクライアントに対してコメントし指摘してます。

ちょっとかさばる契約書の翻訳の場合、コメントがゼロで納品することはほとんどありません。これらのコメントを含めて法務翻訳の成果物であると言っても過言ではないでしょう。

ですからポイントは AI翻訳がそのようなコメントまで付記して翻訳を仕上げることができるかです。

現在の私の感覚ではまだ難しいと思います。しかしAI (人工知能) が次のステージである GAI (汎用型人工知能) まで進化すればこれは十分可能では、という気もします。まるで他人事のような感想ですが。

今後の展開を当事者として、そして傍観者として観察していきたいですね。

 

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