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契約書の「誤植」の例をもうひとつ。

2024年1月17日

昨日のブログで契約書に見られる誤植・ミスの例をいくつか挙げました。それぞれ「由来」というか「生い立ち」が異なり、興味深いですね。

もうひとつ、私が見た別のパターンの誤植をご紹介します。

“tortious” という単語は「不法行為の」というような意味で、法務関係者には馴染み深い言葉です。契約書等の法務書類ではよく登場します。

「不法行為」は英語で “tort” と言いますが、その意味についてはここでは省略します。ご興味ある方は Wikipedia などでお調べください。

今から20年ほど昔でしょうか、マイクロソフトかアップルかは忘れましたが、米国の一流IT企業の日本法人のホームページに掲載される「利用条件」(これも契約の一種です)を見ていたら、「責め苦」という契約書には出てくるはずのない言葉が出てきてびっくりしました。

文脈を見てもそんな言葉が出てくる条項ではありません。

日本法人の「利用規約」はほとんどの場合、米国本社の規約の翻訳です。その本社の規約を見てみました。

「利用規約」は英語版では普通 “Terms of Use” というタイトルになってます。

すると該当箇所の英語が “torturous” となってました。これは “torture” (拷問)から派生した形容詞で、英辞郎のネット版では「拷問の(ような)、ひどい苦痛[苦悩・苦悶]を生じる[与える]、ひどく苦しい」と訳されてます。

文脈から見て、これは明らかに “tortious” の誤植です。

契約書作成者は当然弁護士ですからこんな間違いをするはずがありません。

そこでふと思いつき、自分のパソコンのワードで “tortious” を入れた文章を作ってスペルチェックをかけてみました。20年前の話です。

するとどうでしょう。ワードは “tortious” を誤植、つまりこの世に存在しない単語と認識して、正しい単語の候補として “torturous” を表示し、これとの置換を誘ってきました。

もちろん、契約書作成者はこの時点で、このスペルチェック機能があまり専門用語に対応してないと気付き、 “tortious” を温存すべきです。

しかし皆さんも経験があると思いますが、ワードのスペルチェックは大体正しいので、どんどん置換OKのキーを叩くものです。そしてこの単語の時も惰性で置換OKにしてしまったのでしょう。

これは面白いと思い、外資系各社の日本法人の利用規約を漁ってみたら、結構同じような間違いがありました。

中には英語原文が “torturous” ではなく “tortuous” を正しい単語としてピックアップしたらしく、日本語で「曲がりくねった」というような、まさにひねりにひねった訳にしている会社もありました。

ワードのスペルチェックですが、20年後の現在は流石に “tortious” を正しい英単語として認識し、ひっかからないようになってます。

さて、今日現在、世の中はどうなっているか、調べてみました。

流石に企業の利用規約ではこの誤植は払拭されたようですが、利用規約に限定せず例えば極めて法律用語っぽい “act or omission” (作為・不作為)をキーワードにして “torturous act or omission” で検索すると、結構ひっかります。私の検索では500件余りありました。

具体的な誤植の例を二件ほど挙げます。

https://www.thegroundscairns.com.au/fnq-5s-registration

https://techniccolhosting.com/policy/TH-General%20Terms%20of%20Service.pdf

次に “tortuous act or omission” で検索すると、もっとひっかります。一つだけ例を挙げておきます。

https://www.omsmeasure.com/terms-and-conditions-for-the-supply-of-service

と言うことで、まだ完全には直っていないようです。

さて今日の話のポイントはこれからです。

2,3年前なら私はこれらの例を挙げて、この対処はAIには無理だろう。やはり専門の翻訳者には一日の長があり、簡単には置き換えられない。だから我々は安泰だ、とのほほんと思っていたでしょう。

しかし、現時点で冷静に考えると、あと5年もするとAIでもこれはこなせるようになる気がします。それも軽々と。

成果物の納品時に懇切丁寧なコメントさえ付くかもしれません。

つまり我々生身の翻訳者に残された日々は、そう多くないということです。

緊張感をもって残されたキャリア人生を楽しもう、と思う今日この頃です。

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