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Kai 4 「相対翻訳」と「絶対翻訳」

2013年3月29日

「相対翻訳」と「絶対翻訳」という言葉を Kai 1 (森の中のコンパス・・・英語力と法務力)で使いました。やや舌足らずでしたので、もう少し説明させて下さい。

プラトンのイデア論、というのを皆さん覚えてらっしゃいますか?私も「哲学」とは全く無縁ですが、高校の倫理社会(古いですね)の教科書に載ってた洞窟のイラストはなんとなく記憶に残ってます。注 うろ覚えですが、こんな様なイラストでした

プラトンのイデア論の本質は私もよく理解してないので、これは受け売りです。要は、現実世界にあるものはイデア世界にその原型があり、人が見ているものはすべて影みたいなものにすぎないという考えです。洞窟の中の人は、光源の火が洞窟の壁に映す物事の実体の「影」を見ることはできるが、実体そのものは見えない、ということでした。このイデア論の優劣はともかく、ここには翻訳、特に法務翻訳に通ずるものがあるような気がします。

英語契約書の和訳を例に取りましょう。様々な権利義務関係を巡る当事者間の主張が専門用語を混じえて交差します。英語の問題のみならず、その背景の思考や議論の筋立てにも面食らうことが多いでしょう。

しかし、例えば家の売買契約書であれば、売手側の事情や希望、更には懸念事項と買手のそれは、日米間でさほど違うとは思えません。当事者の思い、「念」の実体は日本人にも十分理解できるものでしょう。その「念」をイデア論の「物事の実体」と捉えれば、英文契約書というのは、それが「英語のモニター画面」に投影されたもの、と考えてはいかがでしょう。となれば、同じ光源で、同じ実体を「日本語のモニター画面」に投影する作業が翻訳だ、と考えてもよいでしょう。

[絶対翻訳]

英語のモニター画面に例えば “A” という単語が投影されたときに、その画面だけを見て手元の辞書から「あ」という言葉を拾う、という作業では実体を見たことにはなりません。

[相対翻訳]

モニター画面の奥に潜む実体を探り、それを理解した上で、日本の法務慣行に即した日本語を吟味するのが大事です。

とは言え、そう難しいことを言っている訳ではありません。古典的なものを含めて、例を幾つか挙げます。

例文A:
「本製品の引渡は、福島県会津坂下町に所在する乙の工場にて行われるものとする。」

相対翻訳:
The Products shall be delivered at the Seller’s factory located at Aizu Sakashitacho, Fukushima.
絶対翻訳:
The Products shall be delivered at the Seller’s factory located at Aizu Bangemachi, Fukushima.

日本語の地名を適当に読むのは、相対翻訳の典型的な例です。「会津坂下町」は、とにかく「あいずばんげまち」と読むのですから、そのようにローマ字にするしかありません。注 インターネットがない時は、地名の読みには結構苦労しました。今はいろいろ便利なサイトがあります。但し、古い戸籍等、昔の地名の読みが必要になった時は役に立ちません。最後は地元の役所に電話をかけることもあります。大体、親切に教えてくれます。

例文B:
“Kobe Steel, Ltd. (hereinafter referred to as “KOBELCO”) and XXX (hereinafter referred to as the “Supplier”) shall …”

相対翻訳:
神戸製鋼株式会社(以下「甲」という)およびXXX (以下「乙」という)は、・・・
絶対翻訳:
株式会社神戸製鋼所(以下「甲」という)およびXXX (以下「乙」という)は、・・・

昔は社名を適当に日本語(または英語)にする翻訳をよく見ました。日本の会社の場合、一部上場企業であれば、会社四季報等で英文名称等を確認できましたが、そうでない会社は英文名称を調べるのは一苦労でした。しかし、今はほとんどの会社がホームページを持っており、正式な社名表記を確認するのは難しくありません。ここで手を抜くと全体の品質が疑われます。

例文C:
“In addition to all other remedies at law or in equity, the Licensor shall have the right to …”

相対翻訳:
法律上または衡平法上認められる他の全ての救済に加えて、本ライセンサーは・・・を行える権利を有するものとする。
絶対翻訳:
コモン・ロー上または衡平法上認められる他の全ての救済に加えて、本ライセンサーは・・・を行える権利を有するものとする。

これは若干説明が必要です。例文Cの様に、 in equity と並んで at law がある場合、この law は一般的な法律という意味ではありません。衡平法(equity)に対応するコモンロー(common law)の意味です。市販の辞書で law を引いても、あまりに訳語の説明が多すぎて、「コモンロー」または「判例法」という訳語が載っていても埋もれてしまってます。つまり目立たないので、訳語の第一候補として選ばれることはまずないでしょう。一方、equityの方は訳語が少なく、「衡平法」または「エクイティ」という単語が目立ち、採用されやすいでしょう。従って「法律または衡平法」としがちです。

例文D:
“A security interest in the vehicle shall be perfected according to State laws.”

相対翻訳:
当該車両の担保権は、州法に従って完成されるものとする。
絶対翻訳:
当該車両に設定された担保権の第三者への対抗要件は、州法に従って具備されるものとする。

法務文書で perfect という単語が出てきたら、単に何かを完成する、という意味ではなく、第三者対抗要件を具備する、という専門用語である可能性があります。特に、これが security interest (約定担保権)や lien(抵当権、先取特権)と一緒に使われていた場合は、その可能性大です。

例文E:
「借手は期限の利益を失うものとする。」

相対翻訳:
The Borrower shall lose the benefit of time.
絶対翻訳:
All obligations of the Borrower shall be accelerated and become immediately due and payable.

「期限の利益を失う」というのは、決まった期限まで返済が猶予されていた債務を、直ちに返済しなければならないことです。この日本語を自然に訳せば、 lose the benefit of time という文章ができてもおかしくありません。法務省の「日本法令外国語訳データベースシステム」の辞書検索では forfeit the benefit of time という訳が当てられてます。しかし、英文契約書ではこのような場合はほとんど accelerate や immediately become due and payable という表現が使われます。米国企業や米国弁護士が作成した契約書で benefit of time を見たことは私は一度もありません。

例文F:
“This Agreement shall terminate automatically if the Debtor assigns or attempts to assign its rights under this Agreement to any third party except as expressly agreed to in writing by the Lender”

不可:
借手が貸手の同意なく本契約に基づく権利を第三者に譲渡したとき、本契約は自動的に終了するものとする。
可:
借手が、貸手の書面による明確な同意なく、本契約に基づく借手の権利を第三者に譲渡するか、当該譲渡を試みた場合、本契約は自動的に終了するものとする

法務翻訳では実体をそのまま素直に訳せばいいので、文学の翻訳や、映画、ゲーム、宣伝広告等、人の感覚にアピールする訳が必要となる他の文章の翻訳よりは楽かもしれません。極端な話し、拙い日本語でもいいので、適当に丸めず、丁寧に翻訳することが必要です。

つまるところ、法務翻訳で大事なのは、表面的な翻訳ではありません。あくまでも、原文と訳文が法務的に等価であることが大事です。勿論、法律や法制度が異なりますので、できるだけ等価、という意味ですが。そして、訳文を読む人に不要な頭の体操を強いることのない文章。つまりなるべく早く、かつ迷いなく読める文章が法務翻訳では求められます。注 これは別に、複雑な文章は適用に省略して、読みやすくしよう、という意味ではありません。これについては「Kai6: 意味を丸めてる?」をお読み下さい。

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